夢で見た話

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夜闇を急ぐ。自分自身に急き立てられて。
一度でも足を止めたら、もう走れなくなりそうだ。それほど疲れている。任務を終えて追手も退けたが、返り血の匂いが呼吸を妨げ、受けた傷が絶えず存在を主張している。
少しは身綺麗にして行きたいが、そんな暇はないようだ。
一心に駆ける。……今は、ただ、会いたい。

辿り着いた家は既に灯りが落ちて暗いが、家の主は起きて待つと言ってくれていた。足を止めると同時によろめいて、手を付いた戸ががたり、と音を立てる。

『どなたです?』

私だと短く答えると、戸が開いて中に引き込まれた。現れた女はそのまま素早く戸を閉め、私の背中に手を添えて体を支える。寄り添い、嗅ぎ慣れた香りを吸って、全身が一気に緩むのを感じた。

そして何故かふと、遠い昔のことを思い出す。まだ里で他の子供達と遊んでいた幼い頃、年上の誰かが捕まえた鈴虫をくれたことがあった。大喜びで竹籠に入れ何処へ行くにも持ち歩いていたそれが死んだ時、突付いても息を吹きかけても、どうやってももう鳴かないのだと解って、たしか、私は泣いたと思う。あの頃は、例え虫でも死は悲しかった。

お怪我を見ます、と言って灯りを付けようとする女の手を取って引き寄せた。肩口に顔を埋め、残った力で縋るように抱き竦める。

『…すまない。』

すまない、きっと私には、お前を置いて行くことしかできない。でも、だからどうか、お前は私より先には死ぬな。
抱き返す指先を背中に感じながら、そっと女の肩に涙を吸わせた。生きている。


【愛情】

11/27/2023, 6:24:55 PM