『小さな愛』⚠️自創作注意
少年は、いつもありがとうの一言が言えない。
『クソ、こんなに頑張っているのに』
この独り言ですら、仲間には伝わることがない。
なにせ、一人だけ言語の壁を隔てているから。
「あ!兄ちゃん! ユユの稽古つけてよ!」
「……?」
「あそっか、オルターが居ないんだ」
走り寄ってきた赤髪の少女に話しかけられても、元気であること以外が分からない。その事を思い出した少女は、剣を交えるように腕を交差させる動作をする。
「ea.mEs/a」
「えぶ……ご、だ…………いいってこと?」
「Vana」
頷きという肉体言語に改めて感謝する。普段オルターが居ればスムーズに会話が出来るのに、今に限って今日の獲物を狩りに行っている。ユユに全部任せれば良かったかもしれないが、三匹あっという間に捕まえて戻ってきてしまったからには仕方ない。
「今日はなんだか調子がいいんだ、負けないよ!」
そう言って、胸元にかけた2つのナイフを鞘から抜き取って構えた。
「ヨコット・セイリン、行きます!」
それに呼応するように少年は背に負った大剣を軽々引き抜く。よく研ぎ澄まされた、良い剣だ。
「cgoght doheidio.pby.」
ゴフトが名乗りを上げれば、瞬間に刃が打ち合う甲高い音が草原にこだました。
「お前らほんと懲りないよな」
オルターの帰還。これにより、堰を切ったようにゴフトの言葉が溢れ出す。
『今日もまあよく頑張っただろう』
「ほんとに?!」
このパーティーは圧倒的なまでにオルターの異能頼りで成り立っている。彼が居なければゴフトの言葉を共有することが出来ない。
「あっちまで聴こえてたぞ、カンカンキンキン」
「え! 兄ちゃん、あっちの森まで行ってたって」
『当たり前だろう。衝撃は音で逃がす。そうしなければ剣が割れてしまうからな』
「大きな音ほど剣が割れないってこと?」
『出せばいいという訳じゃないが、今お前が言ったことは正しい』
「へ〜」
隣国の王によるちょっとした戦闘教室は、これにておしまい。
ユユことヨコットは、身体のエンジンがかかってしまったのかもうひとっ走りして来るらしい。
『オルター、お前、本当に俺の言う事が分かっているのか?』
「うるせえな、俺じゃなくてユユに言ってくんないか? 異能は俺以外にしか使えないの!」
『分かってるだろう』
「わかってないって」
『わかってるじゃないか』
「俺がわかるのは俺とお前の名前、それと雰囲気。」
『? 俺はお前の言葉が分からない』
「じゃあ聞くなよ……」
『……オルター』
「あ? 俺の名前は分かるんだよなお前もな」
『……いつも、ありがとう』
「ゴフト、ん、まあ、そのなんだ」
『なんだ貴様』
「……何言ってるのかわかんねーわ」
『こちらこそありがとう? 当たり前だ』
「はいはい、バナバナ」
ゴフトにとって真偽は分からない。しかし、彼の中では感謝を伝えあったことになっているらしい。
6/26/2025, 2:27:42 AM