見咲影弥

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 こんな夢を見たんだ。

 寝起き早々夫が話しかけてきた。

 実家の廊下でライオンが襲ってきてね、タテガミが凄い奴だよ。トイレの方から一気にこっちに駆け寄ってくるわけ。椅子で対抗しようとしたんだよ。そしたら攻撃を交わされて頭をかぶられそうになって、もう駄目だって堪忍した時目が覚めたんだ。

 へぇー、と適当に相槌を打つ。どうせまたつまらない嘘だ。この人はよく、嘘をつく。それもしょーもない、何の意味もない嘘。

 私がトイレに流される夢とか、フランス旅行で財布をすられた夢とか、大きな落とし穴にハマった夢とか。

 毎朝決まって彼は私に昨晩の夢の内容を話す。それも事細かに。そんなに覚えていられるものだろうか。私なんか夢の記憶はほぼないに等しい。個人差はあるにしても、あまりにはっきりし過ぎていると言うか、具体的というか。覚えていたとして、もう少し解像度が低くてもいいだろう。それに毎日、というのがどうも胡散臭い。そんなに毎日奇妙な、面白い夢を見られるものだろうか。私の心のうちには、いつしか彼に対する懐疑心が生まれていた。

 ただ、それが仮に嘘だとして、だ。一体何の意味があるというのか。私に嘘の夢を語って、何になるというのか。彼の頭の中がちっとも読めなかった。嬉々として不思議な夢の顛末を語る彼の異様さを気味悪く思うようにもなった。

 ところが、ある日。突然、それは終わった。彼は夢の内容を語らなくなった。そして、酷く無口になった。背筋を嫌な汗が伝う。じんわりとした気持ち悪さを感じた。

 思い切って彼に聞いてみることにした。

 今日は何か、面白い夢見たの?

 彼は真っ黒な瞳をしていた。

「こうでもしてないと、もたなかっんだ」

その瞳は、もう此方を向いていなかった。

1/23/2024, 1:38:33 PM