曖昧よもぎ

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いやぁどうも都会は光が多くて、星なんて見えなくてね。君、こんな星空の下に生まれ育ったのかい。いいなぁ。

君は田舎だと卑下していたけれど、ここが故郷だなんて羨ましい。すごく美しい場所だ。

僕の生まれた街はここよりもっとゴタゴタしているし、治安も悪いし……君は僕を羨ましがるけど、実際そんなに良いところじゃないんだよ。

都会の鼠、田舎の鼠……それぞれにそれぞれの良さがある。比べちゃいけないね。それに今はこうやって、君は都会に、僕は田舎に行ける。素晴らしい時代だ。

しかし星なんてゆっくり見るのは何年ぶりだろう……。

僕もね、小さい頃は両親と天体観測をした。あの頃の父は天文学者だったから、よく星の話をされたさ。申し訳無いけど今ではほとんど覚えてないよ。

あの星のどこかにさ、僕達みたいに生命がいて、地球を見て「あの青い星はなんだろう」って思ってる。僕はそう考えるのが好きだよ。別の星では、この星はなんて呼ばれているんだろうね。

別に今の仕事にやりがいを感じていないわけじゃない、というのを念頭に聞いて欲しいんだけど。

僕は小さい頃は宇宙に行きたかったんだよ。父は飽くまでも地球から宇宙を見てた。でも僕は宇宙から宇宙を見てみたかった。単純に興味があった。神秘的なことが好きな年頃だったんだよ。

小学5年生ぐらいかな、授業参観で将来の夢の発表があってね、学活の時間とかで原稿を書いてた。色々あったよ、消防士とか警察官とか、弁護士に教師、それから……レーサーとかも居たかな。

宇宙に行くなんて突飛なことを言うのは僕だけでね、ほら、宇宙って手が届かないでしょう?今は行けるなんて思わないけれど、あの頃は本気で行きたかったんだ。

大人になるってのは、無理なことを無理だと諦められるようになることなのかもしれない。担任の先生に見せたら、「そんなのできるわけない」って笑われたんだ。そりゃそうだよね。で、クラスのみんなも同調して笑ってさ。僕はそのときから夢なんて持たなくなった。別にその先もやりたいことなんて特に見つからなかったしね。

結局将来の夢は何を書いたのか?なんだっけ。忘れた。多分学校の先生とかじゃないかな。

なんかさぁ、君を初めて見たとき、目がすごくキラキラしてるなって思ったんだ。なんていうか……いい意味で、子供っぽいなって。それは決して仕事を舐めているとかじゃなくて、真剣に人間に向き合っている証だった。

僕の人生は思うようにいかないことの連続だった。本当は心のどこかで今も、雲の向こうまで行きたいと思ってるかもしれない。自分でもわからないよ、目指す気力ももう無いから。

僕の人生を語りだすと星が見えなくなるよ。それに面白い話でもない。僕は夢を持って生きて仕事をしているわけじゃないからね。君とは違うんだよ。

僕は……自分が死んだあと、どうやって処理されるのかなって、それが気になったから特殊清掃の仕事を始めた。給料も良かったし、所謂グロいものへの耐性もあった。普通の会社勤めはできないし、消去法でもあった。

片付けが終わったあとに手をあわせるのは、今まで辛かったよねって労いでもあるし、勝手に同情してごめんなさいって意味でもある。他にもたくさんの想いを込めているつもりだよ。きっと地獄みたいな人生を生きてきたひともたくさん居るし、今だって誰かがどこかでひとりで死んでる。引き留めるひともものも思い出も無く、孤独に首を吊るんだ。

空を見たら世界ってなんて素敵で、綺麗なんだろうと思うよね。でも陸を歩いて、なにかの穴を覗いたとき、そこは必ずしも素敵ではない。僕は目を逸らさない決意をした……と言ったら自信過剰だね。

僕はね、傷付いたひとほど美しいと思う。痛みを知っている人間は強い。誰かに同じ痛みを望まない人は偉いよ。傷は決して弱みではないんだよ。傷付かないことだけが強さではないんだよ。

4/5/2026, 2:56:55 PM