貝殻
夜の浜辺。
月明かりに照らされた海面はいつくもの宝石が散りばめられているかのように輝いている。
波の穏やかな音をききながら、わたしはそれを眺めていた。
どこまでも広がる海。その青さ。
少し視線をあげれば、真っ暗に染まる空に昇る月。
何気ない、風景のそれにわたしは涙が溢れた。
ただ、そこに“ある”ものたち。
何も考えることも、感じることもせず
海はあり、空があり、月は照らされている。
わたしも自然に帰りたい。
人の心は美しい。たくさんのことを感じ、豊かに満たされたときの身体中に広がる、あのなんとも言えない暖かさ。
優しさに触れるたびに、もう少し、もう少しだけ。
そう自分に言い聞かせてきたことを、
この景色に溶かされてゆく。
もう、いい。
思考をやめた途端に、これまでの人生が脳裏に思い浮かぶ。
人生100年というのなら、わたしはまだその半分も、4分の1も生きていない。
それでも、わたしはもう、よかった。
この苦しみを抱えたまま、過ごす日々を考えたくなかった。
本を読んでも、
いろんな人の話を聞いても、
わたしの苦しみを解してくれる答えは見つからなかった。
何をしていても、“死”の一文字が頭の片隅に残っては
すべてが意味ないことのように思えてくるから。
不意に、足に冷たさを感じる。
波がいつの間にか、わたしの足元まで押し寄せていた。
それを合図に、わたしは立ち上がった。
震える足を一歩、一歩と海へと向かう。
目の前の海は深く、入ってしまったら、きっともう戻れまい。
それでもいい。
死ぬのは怖い。
でも、生きるのも怖いんだ。
だから。
「さようなら」
その言葉を最後に、彼女は自然に帰っていった。
9/5/2022, 2:40:56 PM