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「ここだけ四季がないみたいなの、不思議」
 木々の隙間から覗く青い空を見上げる。雨林には、季節の移り変わりというのがほぼほぼ存在しない。晴れて、曇って、雨が降る。一日の中に、それが凝縮されている。
「気になる?」
「ん? ああ、そういう意味じゃなくて」
 大きな耳をピンと立てて、ティナリが私の声を拾う。広げてもらったピクニックシートの端を押さえるようにして、ブーツを脱いだ。リュックから出すのは、お弁当。せっかくオフに出かけるのならと、ピタよりは、ちょっと豪華なものにした。フォークを差し出すと、ティナリが「ありがとう」と言う。
「ここに来れば、いつでも同じ景色があるから、安心する」
 私の言葉に、彼が優しく微笑んだ。
「いつでも遊びに来て」
 その笑みが、あんまり優しかったから、ちょっと、ちょっとだけ、意地悪したくなって。
「……毎日来たらどうする?」
 わざと、気まずい時間を作ってやろうと思った。曖昧なやり取りは、あんまり好きじゃない。時間の無駄も、好きじゃない。駆け引き、みたいなのは。
 ティナリが首の後ろを掻いたのが、気配でわかった。困らせてるって、わかっていた。だって彼もきっと、遠回しなやり方は、好きじゃないタイプだ。中くらいの静寂を打ち破るように、とぷん、と、池でなにかの跳ねた。それで、ティナリが顔を上げた。
「……住めば?」
「え?」
「毎日来るくらいなら」
 なんでもないような顔でそんなふうに言うから、思わず面食らった。だって私はシティで仕事があって、家族がいて、都会暮らしに慣れていて。そんなの、現実的じゃない。それなのに、ティナリは、なんでもないような顔で。
「……」
 負けた。私のほうがずっと、彼のことが好きなのだ。今、はっきりと自覚した。そしてこういうのは、負けたほうが、負けなのだ。
「……いつかね」
 たぶん、近いうちに。






7/2/2025, 7:49:30 AM