『入道雲』
遮断機の降りる音が電車が通過することを知らせる。
普段は気にしないその音が、今日はやけに響いて聞こえた。
遮断棒の前で立ち止まる。
このままずっと立ち止まっていられたらいいのに、と思いながら手元の紙を見下ろす。
「進路希望調査票」
いつもなら簡単に読めるはずのその6文字が、今は別の言語にしか見えない。
電車が通過する。
それにより生じた風がスカートを揺らす。
電車は通過して、遮断機が上がる。
止まっていた全てのものが動き出したのに、私だけが立ち止まったままでいる。
不自然に立ち尽くしている私の横を手を繋いだ親子が怪訝そうな表情で通り過ぎていく。
もう帰らなくてはいけない。
ため息を一つ吐く。
足を進めようと顔を上げる。
思わず声が出た。
空に浮かぶ、大きな入道雲に目を奪われた。
自然の雄大さに圧倒される。
白い、大きなそれを見ているうちに、自分はなんて小さなことで悩んでいたんだろう、と思わず失笑する。
進学だろうが、就職だろうが、どちらでも良いではないか。本当に大切なものはその先にある。
どちらを選んだとしても、辿り着くまでの時間が変わるだけで、結果的には同じ場所に到着する。
結局は直接行くか、遠回りするかだけの違いなのだ。
肩の荷が降りたような、爽やかな気持ちになる。
その状態で、もう一度入道雲を見上げる。
重厚感のある、もくもくとしたその白さが今度はソフトクリームを思い出させた。
サクサクと香ばしいコーンの上に螺旋状に乗せられたアイス、食べた瞬間舌の上に広がる冷たさと優しい甘さ。
この暑さの中で食べるソフトクリームはいつもよりも格別に美味しいことだろう。
考えれば考えるほど、頭の中はソフトクリームでいっぱいになる。
今日は近所のコンビニに寄ってから帰ろう。
己の欲望の忠実さに苦笑しながらも、今度こそ前を向いて歩き出した。
6/29/2024, 1:21:08 PM