息を切らして、鳥のようなか細い声で、わたしの名前を呼びながら路地を渡り走っていた、彼女の生まれつきの灰色に、見覚えはあるだろうか。少なくともわたしよりは、この世に名も知れている。なにぶん彼女はどこにでもいる人気者だ。わたしとは違って。
どこで違えてしまったのだろうか。川魚を食べたのが悪かったか、濁った空気を吸っては生きていけなかったか。そんな些細な、何十世代もずっと続けていたようなことが理由だとは思えなかった。もっと強大な集団が、知恵をつけてしまった。わたしたちでは手にも負えないような、そんな怪物だった。だが一番には、住み慣れたその場所を最後まで手放さなかった、わたしたちが悪かった。手放せなくなっていた、わたしたちが悪かった。
「……どこに、どこにいるんですか、ねえ」
その細くかわいい声も大きく丸い目も、すらりとした体も見えている。彼女は人気者だ。一芸もお手のもの、毒をつついて遊び、それはもうまるで怪物の模倣のように、虐めも薬物もした。
そんな彼女にも、やはりヒトと同じく、わたしたちとも同様に、心があった。足りなかったのは、当事者意識なのか、それとも道徳心なのか、単純な知識なのか。
「……ヨウスコウさん、ヨウスコウさん……」
彼女は、人気者だ。わたしたちと違って。容姿も、性格も、ヒトの愛玩物だ。たくさん愛されたから、たくさん注目されたから、彼女の家は、暮らしは、今日まで平穏だった。
対してわたしたちは、不気味で愛玩もされないような、空気のような存在だったのかもしれない。誰にも覚えてもらえず、最後まで気にかけるヒトは少なく、彼女だって、しばらく経ってから気付いたのに。
「………なんで。」
彼女の向かったわたしの家からは、数か月も放置されたような、わたしの死臭がしたはずだ。
わたしの生まれつきの灰色に、見覚えはあるだろうか。
3/14/2025, 2:57:08 PM