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わたしは平日の曇天の下、行くあてもなく、

車を走らせていた。

平日の午前中、周りの奴らは、

血走った目つきで車を走らせている。

茶髪の鼻の曲がったにいちゃんは、

ハンドルをとんとんと叩きながら、

前方にいる僕に何か言っている。

「ジジイ、早くいけよ。もたもた、すんな。」

今度は、おしゃれなコンパクトカーに

乗ったアイドル顔の女の子と目が合う。

その瞬間、その女はゴキブリを見るような目

つきに変わる。

「きしょいんだよ、ハゲ、メガネ。」

私は、悲しい、気持ちで、しょんぼりと、

外の田んぼや木々に視線を移す。  

そして、一つため息をついた。

そのあと、

そこから逃れるように脇道にそれ、とにかく

車通りがない方へ、ない方へと

向かっていく。

狭い農道やら、ひどい煙を吐いた煙突が並ぶ、

工場の横もどんどんすり抜けていった。

夕闇が迫る頃には、もう、あたりには、

僕の記憶の痕跡は残らなくなった。

もうそろそろ、引き返そうかと、

あたりを見渡していると、

後ろから、黒いサングラスの男が般若の

形相で、こちらに向かって、手招きのよう

な動きをしているのが目に入った。

彼の霊柩車のようなガタイのいい車が、私の車のすぐ後ろに

張り付いた。

その時には、僕の心臓のテンポは、最高超に達しており、

私の毛根はすでに逆立っていた。

バックミラー越しの死神から目を逸らし、

がむしゃらに車を走らせる。

それから20分は、ひたすら、前だけを見て、

道なき道をいった。

「もう、大丈夫だろう」とバックミラーを覗くと、

さっきまで、影のように付き纏っていた車は

見当たらなくなっていた。

「ふぅーと」胸を撫で下ろし、念のため、もう

一度、バックミラーを確認する。

視界の端の方に

「この先、行き止まり、落車注意。」

と、その瞬間、白地の看板に赤くかかれた文字が逆さ

になり、そして、垂れていくのだった。

8/14/2023, 6:19:16 AM