彼の背後に剣を振り上げた敵兵がいて、思わず彼の名を叫びながら、彼を突き飛ばした瞬間、振り下ろされたそれを自分が受けてしまった。
意識が暗転するその瞬間に目に入ったのは、泣き出しそうなほど顔を歪めた彼の顔だ。気にしないでと口にしたはずだが、果たしてそれが届いていたかどうか。
小鳥のさえずりでエスメラルダはゆるゆると目を覚ました。ゆっくりと体を起こして大きく伸びをする。変な体勢で寝ていたらしい。あちこちからぽきぽきと音がする。
サイドテーブルの暦を確認すると、もうかれこれ三日が経っていた。昏倒して丸一日は寝ており、その翌日は痛みで動けなかったが、痛み止めが効いてきたので今日は元気いっぱいだ。
ずっと寝ていたせいで体力が有り余っている。訓練などの激しい運動はするなと言われているが、雑事ぐらいならしても構わないだろう。彼女はそう思って、医務室から出たそのときだった。
廊下の向こうから、彼がこちらに向かってやってくるのが見えてしまった。彼は彼女の姿を認めて、これ以上ないくらい険しい顔をする。ひっと彼女は思わず小さな悲鳴を上げたが、へらりとした笑顔を浮かべて、彼が来るのを待った。
「おはよう、フェリちゃん。……もう、こんにちはかしら?」
彼はそれを無視して、医務室の扉を開けると、彼女を中に押し込んだ。そして、腕を掴むと 彼女が抗議の声を上げるのも構わず、ベッドまで引きずって彼女をそこに突き飛ばした。
「ちょ、ちょっと!」彼女は寝転がって体勢を変えると、起き上がった。「何するのよ」
エスメラルダを見つめる彼の瞳には、烈火のごとき怒りが渦巻いていた。これから起こることが容易に想像できて、彼女は諦めたようにベッドに座り直した。
「この阿呆が!」彼の第一声は想像の範囲だった。語気の荒さに怒りが滲み出ている。「安静にしていろと言われただろう!」
彼はエスメラルダの肩を掴んだ。彼は彼女の顔を覗き込んで、俯いた。
「……どうして俺を庇った……?」
彼の声は震えていた。先ほどの剣幕が嘘のようだ。
「咄嗟に体が動いちゃったの」エスメラルダは困ったように微笑んだ。「理屈とかそういうのは全部後回し。本当なのよ」
彼が怒る理由はわかるし、自分もそれが愚かしいと思っていた。けれども、いざ、目の前にすると勝手に体が動いてしまったのだ。
彼女の肩を掴んでいる手に力が籠った。痛いくらいの力だ。
「……もう、お前の命を危険に曝すようなことは止めてくれ……」
顔を上げて、彼女を見つめる彼は泣き出しそうなほど顔を歪めていた。
1/15/2024, 7:47:26 PM