望月

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《遠い約束》

 まだ幼い頃の話だ。
「いつか、二人でれきしに名をのこそう!」
 ずっと一緒いる二人だったからこそ、当然のようにそう約束した。
 大きな野望があった訳でもない。
 本で目にしたばかりの言葉を使いたがって、そんなことを言っただけだ。
 本当にそう願っていたのかすら、もう覚えていない。それに、今となっては些細なことだ。
 どちらでもいいし、どうでもいい。
——やがて少年となった彼らを待っていたのは、残酷な世界だった。
 二人が生まれ育った村が、焼け野原へと変わり果ててしまったのだ。
 少し足を伸ばして、こっそりと近くの森を探検した帰りだった。
「……お父さん、お母さん……?」
「みんな、どこに行ったの?」
 あんなにも長閑で、人々の優しさが溢れたあたたかな場所だった村だ。家族だけでなく、他の友人たちやその親、村長に店を営んでいた大人たち。
 少年たちに残されたのは、それが魔物によるものだという事実だけだった。荒らした跡が、それを教えてくれたのだ。
 その日から、二人は互いだけを頼りにした。
 偶然通り掛かった商隊に助けられ、青年へとなるまで世話をしてくれた。
 共に過ごした時間は短いが、家族と思える人達と出会えたのだ。
 けれど、あの日。
 突然片割れは姿を消した。
 一夜にして、どこかへと行ってしまった。
「どこに行ったんだよ、あいつ」
 三日経っても帰って来ず、商隊は捜索を諦めて出立した。荷物には期限がある。
 商隊を二つに分けて、彼を待つことも考えた。だが、それを断ったのだ。
 二人きりで、互いが一番だと信じていたからこそ、裏切られたと強く感じたからだ。
 けれど、完全に見限った訳ではない。
 攫われたとか、やむにやまれぬ事情があったのかもしれないと、そう思っていたのだ。
——それなのに。
「……で、っ……なんで、お前が、そこにいるんだ」
 商隊が全滅した。
 夜間、道を急ぐ彼らに魔物が襲撃を掛けたのだ。
 その魔物たちを従えていたのが、彼だった。
 ずっと探していた、ずっと傍に居た無二の存在だ。見間違える筈がない。
「……その人間共のせいで、俺たちの村は壊れたんだ。そいつらさえ来なければ、村に魔物は来なかった……!」
「そんな、まさか……」
「考えてみろ! わかるだろ、あまりにも偶然が良すぎるんだよ。村が焼けて次の日の朝に来たんだぞ……奴らの足跡が続く街道の方から!」
 商隊を狙っていた魔物が、もし標的を失い、その近くに人間の住処があったとしたら。本能で人を襲うようにできている魔物は躊躇するだろうか。
「……もし、そうだとしても。この人たちが悪かったんじゃない、襲ってきたのは魔物の方だろ!?」
「違う! そいつらのせいだ! お前も、俺も……騙されてたんだよ!!」
 何度も否定しようとして、ふと、口が止まる。
「……なら、どうして僕は殺さない」
「お前を殺すわけないだろ? 俺はお前が大切なんだ……だから、いつまでも目を覚まさないお前の為に、」
「殺したってことか?」
「……なんだよ、怒るなよ。仕方ないだろ」
「怒ってないよ。本当、怒ってない」
「……あ? なに、」
「だから君は、僕がいつか殺すね」
 覚悟を決め澄んだ瞳と、苦しそうに歪んだ濁った瞳とが交差する。
 両者とも、これ以上の会話は望まなかった。
「……さようなら。またね」
「……ああ」
「次は——「敵同士だ」」
 そうして道が交わることのない年月が続く。
 立派な青年として成長をした彼らは、
「……人間共を救いたければ、その剣で俺を地に伏して見せろ。愚かしくも愛おしき——勇者よ」
「これ以上君に誰も殺させない! だから、僕と一緒に、……僕が君を殺す。覚悟しろよ——魔王」
 血の流れる地で再会することとなってしまった。

 こうして、かつての約束は果たされた。

——年、魔王ネエリュと勇者フィンの戦いは終戦す。

4/9/2025, 10:18:01 AM