獣人は、差別されてはならない存在であると。
各国の法律、行政の条例、その他保護団体等。獣人の権利を守る為の仕組みはこの世界に多数存在していて、表向き彼等は普通の人間と区別されず、様々な事柄において差別は禁止されている。
しかしそれは裏を返せば、獣人が人間と同じ扱いを受けていないという証左でもある。
犬であれば聴覚や嗅覚に優れ、猫であれば身体が柔らかく跳躍に優れている。馬であれば長距離を軽々と走ることが出来る。
混じる獣特有の身体能力に秀でている者が多く、唯の人間でしかない者たちからすればそれら種族が結託する可能性は脅威であり、あってはならないことだった。
とある地域では獣人は“神の御使い”と崇められたこともあったようだが、より多くのとある国では“神に背き罰を受けた者たち”とされた。弾圧、そして奴隷化の歴史。詳しくは語っても心良いものでは無い為、割愛しておくことにする。
──どうやら彼も我が家に偶然転がり込むまでは、およそ人間扱いされた生活は送ってこなかったようだ。
ましてや彼のように獣人の血が濃く発現した者はその希少性から、裏社会の者に捕まれば閉じ込められ飼育され、高値で取引されることもあるだろう。
輝くような銀髪の隙間から生える狼の耳。感情で動くふわりとした大きな尻尾。赤みがかった金色の瞳は切れ長につり上がっていた。そして未だ幼いのもある、実に愛らしい容姿をしている。年齢は分かり難く本人も「数えていない」とのこと。だが、恐らくは十歳前後だろう。
本来なら彼のような“迷い獣人”は獣人保護団体に連絡の後、然るべき“更生施設”で戸籍登録や社会復帰の為の勉学や労働への支援を受けるのが通例。通例なのだが……追々記述していこうと思う様々な事情により、彼は我が家にて私たちと共に生活することになった。
彼が屋敷に来てからというもの、引っ込み思案だった娘はよく笑うようになった。彼を守って世話をしているつもりのようで、懸命にテーブルマナーを教えたり、読み書きの練習を手伝っているところをよく見かける。
彼が鬱陶しく思っていなければ良いのだけれどと心配だったが、垣間見える満更でもなさそうな表情を見て少し安心した。お互いに良い影響になってくれればと思う。
彼を捕獲していたらしい獣人売買組織については、夫が仕事の合間に調査を進めている。買い手には多くの富裕層が存在するようで、簡単には片付きそうにない。
早く彼が安心して、自由に街を歩ける日が訪れることを願う。
───────
( A mother's notes, somewhere not here.)
6/28/2024, 6:42:34 AM