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夜中の1時の沈黙を破ったのは不躾な電子音だった




表示を見て一瞬躊躇いつつも
次の瞬間に私の口は断りの言葉を言い放っていた

「嫌だ」

我ながら迷いのない良い声
さて、要件は済んだと耳からスマートフォンを離そうとすると
小さな端末が割れんばかりの悲鳴が画面の向こうから聞こえる

「ちょっと、なに?!」

反射で聞いて後悔した

「おねがいっ!!!
お願いお願い、お願いしますよ先生!!!」

「嫌だ」

「私が土下座してるのが見えない?鬼!」

「無駄に頭を下げるのはやめなさい、
日頃から頭を大事にしないからそう馬鹿なんだよ」

「馬鹿でもなんでもいいよ、
お願いだよ、もう一度私に文を書いてよ」

「やだ、アイドルのゴーストライターなんか二度としない。」

この女と話すと私は私の人生を後悔することになるから嫌なのだ、

私は趣味で小話を書いているただの会社員
この電話の相手は幼なじみ、
今や国民的アイドルとなった訳だが

「おねがい…あんたの書いた文をみんな待ってるんだよ…」

アイドルにも暗い時期はある
その人気に影がさした時、
今思えばなんの気の迷いか
私は彼女を題材にした小説を書いて送った
彼女を元気づける、ただそれだけのつもりだった
するとそれは今やベストセラー本になり、
数年たった今も本屋に並んでいる

そしてそれを皮切りに
彼女はただのアイドルから
国民的アイドルへと変貌した

しかしその1作のみで、
新たな作品が出ないことに世間は疑いの目を向け始めていたのだ

もともと人を題材に書くなんて好きじゃないのに
ひと時の気まぐれがこんなに後に引ずることになるとは

「お願い、私このままだとまた売れなくなるんだ。お金なら渡すよ、いくらがいいとかある?」

かつて一緒に泥団子を作り、
公園の草をむしりあった幼なじみが
どんどん遠くなる

私は目を細めて、
いつこの電話を切ろうか見定めていた

「ねえ、何でもする……本当に、だからもう一度、世間じゃなくて、私があんたの言葉が欲しいの」

声が湿度を帯びてくる

ああ、尊き縁よ
もう更新されることはないようだ
若き頃の宝物として奥底で眠っていておくれ

「じゃあ私と寝てくれるんならいいよ」

縁を腐らせて切るつもりだった一言のはずが

数ヶ月後、
彼女の熱愛報道が週刊誌にのった

「ゴーストライターとアイドル、
性別と身分を超えた純愛か!?」

下世話な見出しで始まる週刊誌の添削をする私の横で彼女が笑うのはまた別の話で……

3/25/2024, 3:58:38 PM