ハイル

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【巡り会えたら】

 僕は小さな小さな命を持ってこの世に産まれた。
 小さな、というのは何も比喩的な表現ではない。本当に小さな命なのだ。
 僕は、僕よりも小さな命を食べて暮らしていた。それはぶんぶんと飛び回るハエであったり、草陰にじっと構えるバッタであったり。そいつらが目の前に現れたら、備わった鎌で餌を捕らえ雁字搦めにするのだ。
 そんなある日、僕は恋に落ちた。同種のメスだ。豊満なフォルムに大きく愛らしい複眼。一目惚れだった。僕たちは番となり、本能が赴くままに交尾をした。
 交尾中、彼女はじっとこちらを見つめていた。少し照れて僕も見つめ返す。彼女のクリクリとした複眼は、僕の顔を一つひとつの個眼に反射して映し出していた。
 すると、突然彼女がその強靭な鎌で僕を押さえつけ、頭の端を顎で噛み砕いた。ごきりと僕の頭が割れ、中を満たす体液が溢れ出す。しゃくしゃくという咀嚼音が谺する。彼女は美味しそうに僕の一部を食んでいた。
 僕はふと、ヒトという生物について思い返していた。生物界を支配していると言っても過言ではないヒトという種族は、番になると生涯愛し合い連れ添い続けると聞いた。
 体液が溢れ死がその際まで差し迫っていることを感じる。もし違う形で君と巡り会えたなら。例えそれが叶わぬことだったとしても、そう思わざるを得なかった。

10/3/2023, 4:34:19 PM