G14(3日に一度更新)

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150.『ないものねだり』『My Heart』『見つめられると』

「そこのお嬢さん、お時間ありますか?」
 また、ナンパか。
 そう思いながら振り返って、私は息を呑んだ。

(まさか、こんなことがあるなんて……)
 声をかけてきた男から目が離せない。
 私は今まで何をしていたか忘れ、男を凝視する。
 それほどまでに、彼は魅力にあふれていた。

 だが男の方は明らかに困っていた。
 なんの反応もない私に戸惑い、恐る恐る言葉を続けた。

「あの、迷惑だったでしょうか……?」
 ナンパだと言うのに、バカに丁寧な男である。
 だが無理もない。
 声をかけた相手が振り返ったまま動かないとなれば、誰しも心配するものだ。
 我に返った私は、慌てて首を振って否定した。

「いえ、いいえ!
 迷惑なわけないです!
 えっと、その…… 見惚れてました」
 まさか直球で来るとは思わなかったらしい。
 彼は少しの間呆然とした後、可愛らしく頬を赤らめた。

「えっと、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます(?)」
 口にしてから、自分がおかしな発言をしたことに気づいた。
 舞い上がっているとはいえ、これでは支離滅裂だ。
 穴があったら入りたい。

「えっと、それでなんの御用でしょうか?」
「恥ずかしいのですが、その。
 あなたがとても魅力的にみえまして、声をかけたのです」
 「貴方と同じですね」と彼はにかんだ。

 まさか私たちは同じ思いだったとは!
 これなら話が早い。
 今この瞬間の奇跡に感謝した。
 私が心の中で浮足立っていると、彼が優しく微笑んだ。

「知っていますか?
 人が誰かに惹かれるのは、その人が自分に無いものを持っているからだと」
「それを私が持っていると?」
「ええ、その通り。
 私はそれが欲しい。
 言わば、『ないものねだり』ですね」
 そう言って、彼は私の真正面に立った。
 まっすぐ、私を射抜くように見つめて……

「そんなに見つめられると……」
「いいじゃないか。
 すぐに俺たちは一つになるんだから」
 さらに一歩、彼は踏み込む。
 顔に、彼の熱い吐息がかかる
「僕はアナタが欲しい」
 そう言って、彼は私の唇を――




 ――――ではなく、私の首筋に深く嚙みついた。

「かはっ」
 喉から声にならない音が出る。
 これはまずいと思いつつも、体に力が抜け、指一本動かせない。
 私の体から熱が奪われ、意識が遠くなっていく。
 私が恐怖を感じている間も、彼は私の血を啜っていく。
 ひとしきり堪能した後、満足したのか私の体を乱暴に放り投げた。
 
「うまい、若い女の血は格別だ!
 生命力にあふれてやがる!」
 先ほどまでとは打って変わって、品のない声を上げる。
「人間の上位存在である我々吸血鬼も、これだけは持っていないからな。
 文字通り、『ないものねだり』だ」
 そう言って、下卑た笑い声をあげた後、彼は冷めた目で私を見下ろした。

「じゃあな、お嬢さん。
 次は知らない男に声をかけられたら逃げるんだな。
 痛い目にあうぜ、って聞いてないか」
 イヒヒと下品に笑い私に背を向け、歩き出そうとした瞬間――

 ――彼の体が、石像のように硬直した。

 当然だ。
 私の腕が彼の胸を貫いていたのだから……

「な、なぜ死んでな……」
 彼が力なく振り返る。
 よっぽど意外だったらしい。
 その顔には『信じられない』と書かれていた。

「あれ、気づかないの?」
 私は私で驚いていた。
 彼はとっくの昔に同族だとバレていると思っていたからだ。
 私は子供に説明するように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私も吸血鬼なの。
 アナタよりもずっとランクの高い、ね」
 彼の体が、小さく跳ねた。

「いやー、まさか吸血鬼が吸血鬼に血を吸われるなんてね。
 ほんと、恥ずかしいわ」
 結構な血を吸われたせいで、頭がくらくらする。
 でも死にはしない。
 心臓を潰されない限りは、私たちは不滅だ。

「ま、まさか俺の血を吸う気か!?」
「まさか!
 血を吸うなら活きのいい女の子!
 そこはアナタと一緒よ。
 だから私が欲しいのは、血じゃないの」
 私は彼に見せつけるように、出来る限り邪悪な笑みを浮かべる。
「アナタの心臓が欲しいの」
 彼の口から「ヒッ」と短い悲鳴が漏れた。

「少し前に吸血鬼ハンターとばったり出逢ってね。
 返り討ちにしたんだけど、心臓を潰されちゃってさー。
 どうしようかと思っていたら、あなたがやってきた。
 本当に助かったわ。
 もう少し遅かったら私、死んでたわ」
「い、嫌だ。
 助けて――」
「拒否権は無いわ。
 私の血、吸ったでしょ」
 そう言って、私は男の胸から心臓を引き抜いて、自分の胸に無理矢理押し込める。
「今日からよろしくね、My Heart」
 奪った心臓は、まるで最初からそこにあったかのように、すぐに体になじんだ。

「はあー、焦った焦った。
 これで死なずに済むわ」
 私は用済みとなった男の体を放り投げる。
 そして、何の魅力もなくなった男を見下ろして、最後にこう告げた。

「次から声をかける女は選ぶことね。
 ……痛い目に遭うわよ、って聞こえないか」

4/5/2026, 10:13:24 AM