なのか

Open App

「乾燥で本の頁が上手く捲れなかった時」
それだけ言い放って、彼女は返却本を棚へ並べる作業に戻った。
「いまいち共感出来ないな」
「じゃああんたは? どんな時に冬だなって思う?」
どんな時に冬だなと思うだろう。
「コンビニの肉まんが食べたくなった時、かな」
彼女はハードカバーの小説を棚に戻しながら「なにそれ」と笑った。
「でも、嫌いじゃない」
「そうですか」
日焼けして装丁の色が薄くなった小説を、ラベルを頼りに棚へと並べる。
「食べ物じゃないけど、暖かいココアは冬って感じするかも」
ブラックコーヒーを好みそうなイメージが勝手にある。
「今、似合わないって思ったでしょ」
「まさか」
似合わないとは思っていない。意外だとは思ったけれど。
他愛もないことを言い合っている内に作業は終了した。図書委員も楽な仕事じゃない。
返却本を入れていたケースを所定の位置へとかたづけて、ぐっと一つ背伸びをする。どこかの骨が愉快な音を立てた。
「あんた、これから暇?」
「あとは帰るだけ」
「じゃあさ、コンビニ行こうよ。言ってるうちに食べたくなってきた」
財布を確認する。買い食いに付き合うだけの資金はありそうだ。
作業が終わったことを司書教諭へと報告して図書室を後にする。外に出ると、ちらほらと星が顔を出していた。
朝は生徒でごった返しているコンビニも、下校時刻にはわりと空いていた。ホットの緑茶を手に取ってレジに向かい、一つしかなかった肉まんの代わりにピザまんを選んだ。
少し遅れて、肉まんとココアを装備した彼女がイートインスペースへと入ってきた。
「食べ合わせ悪くない?」
「いいの。こうしたいと思ったから」
意志の強いことだ。
「ねぇ、半分こして食べない?」
冷気に晒されて湯気立っている肉まんが、半分に割られてこちらに差し出された。
「急になんで?」
「あんた、私に遠慮したでしょ」
「してないよ。別にどっちでもよかった」
食べたいと思っている人間に食べられた方が、肉まんもましだろう。
「じゃあ、ピザまんも食べたいから、半分交換しよ」
「じゃあ、って……」
譲る気はなさそうなので大人しくピザまんを半分にして渡す。圧力に屈したトレードだ。先進国同士なら国際問題に発展するだろう。
「あんたは、今年サンタさんに何頼むの?」
口に運びかけた肉まんを落としてしまうところだった。隣を見やると、平然とした顔でピザまんを頬張っている。
「冗談」
分かりづらい冗談だ。
「サンタはともかく、欲しいものとかないの?」
「特にないな」
「そう、幸せなのね」
至って普通だよと言い返したかったけれど、口いっぱいにチーズの幸せな味が広がっていたのでやめておいた。
「そっちは? 欲しいものあるの?」
「欲しいもの、はない」
「含みのある言い方だね」
緑茶にそっと口をつける。快適に飲める温度まではまだ時間がかかりそうだ。
「イルミネーション、隣町でやってるじゃない? 毎年。あれ、観に行きたい」
「そっか」
脇腹をつつかれた。
「やり直し」
「は?」
「は? じゃなくて。返事、やり直して」
まっすぐ窓の外を見つめたまま、彼女の表情は伺い知れない。
「一緒に、行く?」
弾けては消える言葉達の中で、唯一残ったのがこれだった。
「ぎりぎりだけど、合格」
満足気に、彼女は合格を言い渡した。冬は始まったばかりで、約束はまだまだ遠い。
適温になったはずの緑茶の味が、何故か感じられなかった。

11/29/2023, 7:03:39 PM