「ハナシ書くとき、カメラワークは気にしてる、気では、一応いるわな。一人称の語り手の視線が、どこに向いてるかとか、どう移動するかとか」
三人称書く際も、視線の先があっちこっち飛び過ぎないように、ある程度上から下とか、左から右とかな。
某所在住物書きは過去投稿分をスマホで辿り、7月3日の投稿分を見た。当時は「先」は「先」でも、「この道の『先』」であった。
「あと視線っつったら、読んでて視線が滑らないように、句読点利用するとか、ある程度場面場面で1行空白入れるとか?」
まぁ、所詮娯楽小説の一冊も読まねぇ素人の工夫だけどな。物書きはふと振り返り、視線の先には面白みに欠けた本棚が鎮座している。
――――――
リモートワークの気分転換。美味しいランチでも食べに行こうって、職場の先輩誘って外に出て十数分。
人の往来激しい道のド真ん中で、突然先輩が立ち止まって、恐怖か何かで短く、鋭く息吸って、
すごく小さな、震える声で呟いた。
「カモトさん……」
「『カモトさん』?」
先輩の、視線の先にはたくさん人が居たけど、職場の仲悪い誰かが居たワケじゃないし、私には何が何だか、よく分からない。
いつも通り。何も変わらない。普通の日常だ。
「先輩、どしたの、」
先輩が呟いた「カモトさん」と思しきひとを、探そうとあちこち見る前に、
先輩は私の手を引いて、暑い中歩いて来た道を、全力で走って引き返した。
「ねぇ、先輩、先輩ったら、」
こんな、余裕の全然無い先輩は初めてだ。
いつも真面目で誠実で、実はちょっと寂しがり屋で、猛暑日酷暑日は大抵デロンデロンに溶けてるけど、
それでも、取り乱す先輩は一度も見たことなかった。
「ブシヤマさん!ブシヤマさんでしょ?!」
後ろから聞こえてきたのは、低い女声なのか、高い男声なのかすごく分かりづらい、中性的な大声。
多分この声が、カモトさんなんだろう。
「待って、話を聞いてブシヤマさん!レイさん!」
ブシヤマさんって、誰?先輩は藤森でしょ?
「藤森 礼(ふじもり あき)」。後ろのひとが叫んでるのは「ブシヤマ レイ」。別人だ。
「レイさん!!」
通行人の、好奇心の目とスマホは、例の大声出してるひとに向いてる。その隙に、先輩はするり小さな路地を抜けて、ただ、私の手を引いて。必死に。
「待って、待ってって先輩」
時折後ろを振り返って、「カモトさん」が追ってきてないか確認する先輩は、すごく怯えてる。
「人違いだよ、先輩ブシヤマじゃないもん、大丈夫だよ。ホントにどうしたの」
落ち着いてほしくて言った言葉も、多分全然届いてない。ただ小道に入って、曲がって、走って。
「先輩、ねぇ先輩っ!」
やっと立ち止まった頃には、私の息はメッチャ上がってて、汗もヤバいことになってた。
「……ブシヤマ、だったんだ」
私と同じくらい疲れちゃって、肩で息してる先輩が、蒼白な顔で言った。
「あのひとは、以前話していた、私の初恋のひと。私を地雷だ解釈不一致だと、嫌って呟きアプリで愚痴っていた筈のひと。私は……」
私は。
その先を言おうと口を開いて、閉じて、目を細めてうつむく先輩は、とても苦しそうで、痛々しい。
どこか落ち着いて話ができる場所を、探して周囲を見渡して、少し遠くに目を向けたら、
視線の先には、丁度良く、先輩の行きつけの茶っ葉屋さんがあった。
7/19/2023, 10:00:41 AM