いろ

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【神様が舞い降りてきて、こう言った】

 うだるように暑い夏の日だった。いつものように路地裏で座り込みぼんやりとしていた僕の前に、その人が唐突に現れたのは。
 雪のような純白の髪を持つその人は、僕が今まで見てきたどんな人よりも美しく清らかで、夏の暑さなど感じさせない涼やかな空気を纏っていた。まるで神様が天上から舞い降りてきたかのように、世界の一切から隔絶された人だった。
 そうして神様は僕の前へと膝を突き、僕の頬に両手を添えた。氷のように冷たい手が、火照った肌に心地良い。神様は僕の瞳を正面から捉えながら、ゆっくりとその唇を持ち上げて――。


「ねえ、お腹すいたんだけど!」
「あと10分待ってくださいってさっき言いましたよね!? 待てもできないんですか、犬以下なんですか貴方は!!」
 ソファに寝転がったその人の催促に、思わず怒鳴り返していた。こっちが必死に夜食を作ってやっているというのに、なんて横暴な人なんだ。あの日差し出された手を取ってしまったことを、後悔しそうになる。
 だけどそれでも、この人は僕に全てを与えてくれた。路地裏で身を潜めることしかできない最底辺の人間とも呼べぬレベルの存在だった僕を、拾い上げ、教育し、側においてくれた。
 神様なんて呼ぶのも烏滸がましい、破天荒で自分勝手な人ではあるけれど。それでもそれだけは事実だから、どんな無茶な要求にも答えたいとつい思ってしまうんだ。
 フライパンをさっと振って、僕は叩きつけるようにコンロの火を消した。


「やばい、顔が最高に好みなんだけど」
 僕の目の前に舞い降りてきた神様は、世俗と私欲に塗れた声で、あの日そう高らかに口にした。それが僕の、新たな人生の始まりだった。

7/27/2023, 11:27:53 PM