『麦わら帽子』
お盆の時期は父の実家に親戚一同が集まる。どの人が誰と兄弟なのか、誰のこどもなのか詳しく知らない中で仲良くしてもらっていた人がいた。父より年下でどうやら独り身でいわゆるちょい悪オヤジながら、こども相手にはひょうきんなところを見せる人だった。会えるのは決まって夏だったので麦わらでできたカンカン帽にアロハシャツ姿が見えると小さな頃には駆け寄っていたものだ。もう高校生なので行きたくない気持ちもあったけれど、あの人に会えるならと今年もやってきた。実家の祖父や祖母とそのきょうだい、叔父や叔母といとこたちに一通りあいさつをしていると声を掛けられる。
「よう、久しぶりだな」
今年もカンカン帽にアロハシャツ姿のおじさんが気さくに片手を上げた。もう高校生なので大人向けな対応をしてくれるかと思ったけれど頭を撫でくり回される。
「ちょっと!せっかくセットしてきたのに」
悪い悪いと言いながらも悪びれずに笑みを見せるおじさんは去年と比べると痩せているように思えた。
それから仏間で酒盛りが始まったのでそっと抜け出すと、抜け出た先でおじさんとばったり会った。ビールをよく飲んでいた記憶があるけれど片手にあるのは炭酸水。
「医者から酒止められてんだよ」
「体、どこか悪いの?」
「あぁ。体中全部悪いらしい」
ぐいと飲んでみせるけれどあんまりおいしそうでもない。
「好き勝手生きてきた罰が当たった、なんてオヤジからは言われちまったが、好き勝手生きて何が悪いって話だ」
炭酸水がビールみたいにどんどん減っていく。酔っ払いが管を巻いたようになってきたおじさんは、おもむろに被っていたカンカン帽を脱ぐと僕に手渡した。
「なぁ。この帽子もらってくれねぇか」
「えっ、でも」
「けっこういいやつなんだぜ、それ。大事にしてくれよ」
言葉を返す暇を与えずに立ち上がったおじさんは、そのままふらりとどこかへ行ってしまった。手元に残ったカンカン帽を見つめたり匂いを嗅いでみたりしたあとに被ってみるけれど、今着ている服ではあんまり似合わなかった。
次の年のお盆はおじさんを迎える形になった。僕はファッションの好みが少し変わって、今はカンカン帽が似合う服装を模索している。
8/12/2024, 3:52:06 AM