オレの目の前にあるモニターをニュースが通り過ぎる。華やかなセットの中で、司会者が神妙な顔をしていて、アナウンサーは声を低く保って真剣に原稿を読んでいる。その全てに、私はまったく興味がなかった。
「はい、ということで物価高騰の問題について、鈴木さんお願いします」
隣に座っているコラムニストの鈴木氏が話し始めた。
あ、やばい、次たぶんオレ、当てられる。そんな気がする。そういう流れだ。何も考えてない。そう思うともっと考えられない。でも言わなきゃ。
「じゃあ次はヤマザキさん、お願いします」
やっぱり来た。オレだ。
「そ、う、ですね、」
少しでも考える時間を増やしたい。一文字ずつ切りながらしゃべり始める。とて、頭の中には何もない。なぜならまったく興味がないからだ。これ生放送だよな。
「まず、こういった問題について、我々はどう考えなければいけないか。そこを考える必要があると思います」
よし、とりあえず言葉は出てきた。でも今のところ何も言ってないぞ。
「ある出来事が起こりました。それについてニュースではこう報じられています。コメンテーターの人からこういう意見が出てきました」
いまの状況をただ言葉にした。これは視聴者に言っているのか、自分に言っているのか。フロアのカンペに目をやる。あと1分のカンペ。え、長くない? そのカンペって何秒前から出されてた?
「その意見が自分とは違っています、となったとき。実はコレがすごく大事なことで、そう思ったのなら大声で発言していいと思うんです。有名人じゃない一般の人でも」
司会者は黙ってオレの顔をじっと見ている。リアクションがなくて自分の中の不安がザワザワと音を立てている。オレは何を言っているんだろうか。……続けるしかないんだよな。
「でもそれはテレビで言っていたコメンテーターをSNSで叩くんじゃなくて、もっと明確に『自分はこういう意見です』と表明をするべきなんです。でも誰かの言い分を叩くんじゃなく自分の意見として出すって考えると、本当はもっと根拠を深掘りしなきゃいけなくなってくる。そこで初めて『自ら調べる』っていう行動が出てくるんです」
あと20秒のカンペが出ている。ここで司会者が割って入った。
「なるほど、ではヤマザキさん、今のお話をまとめていただけますか?」
何も言っていないのに「なるほど」ってなんだよ。お前、聞いてないだろ。あと何も言ってないのに「まとめて」ってなんだよ。何もないよ。
「そうですね、やはり私としては、この報道の内容だけではコメントは難しいので、放送後にしっかりと勉強した上で弊社のWebサイトにて意見を出したいと思います」
じゃあなんで生放送のコメンテーターなんか引き受けたんだよ! と自分の中でツッコミを入れる。もう二度と呼ばれないだろう。
「いやぁ見事にまとめていただきました。サイバーヒューマンプロテクションの社長で危機管理の専門家、ヤマザキタケヒデさんでした。ありがとうございました」
放送が終わったあと、ビクビクしながら会社に戻った。我ながら情けない醜態をテレビで晒してしまった。社長としての立場も危ういかもしれない。
「社長! お帰りなさい! いま大変なことになっています!」
そりゃあクレームや契約中止の連絡が来るのも仕方ない。
「どうした?」
「それが、テレビでの社長の発言を受けて、契約依頼やテレビ出演のオファーが殺到しているんです!」
「はあ?」
世の中、何が当たるかわからない。
「SNSでもとても好評みたいです!」
私は急いでスマホを開いた。
『危機管理の社長、ほぼなんも言ってないのにスタジオを納得させてて草』
『危機管理のプロ過ぎるwww』
『小泉○次郎もびっくりの中身のなさ!!』
『最終的に「勉強してから発言します」で終わったw正直だわww推せるww』
『ホームページ待機』
こんなことで評価されてしまうなんて、オレはしどろもどろになってただけなのに……。もはや危機管理の何が正解なのか、何もわからなくなってしまった。自分の中の心のざわめきは大きくなる一方だった。
3/16/2025, 2:16:32 AM