微睡 空子

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「よ……よお………ひ…久しぶり……だな…」

肩で息をしながら苦しそうに男が言う。
冬だというのに額には汗が滲んている。相当急いで来たのであろう。

「いや、一昨日会ったばかりだろう」
俺はそう言いながら玄関の中に男を招いた。
「しかもその前日も会っているじゃないか」
「分かってねえな……別れた瞬間から久しぶりへのカウントダウンは始まってんだよ」
男は黒のレザージャケットを脱ぎながらそう言った。
白のタンクトップが姿を現す。もう冬だというのにその格好は無いだろう―――俺はそう一瞬思ったが、よくよく考えてみればこの男、真夏でも今とほぼ同じような格好である。

「とはいえ―――」
俺が男のジャケットをハンガーに掛けながら口を開いた。

「さすがにほぼ毎日往復50キロの距離を駆け足で行き来するのは大変すぎやしないか…?」

男はソファにどかりと座りながら「でもよ」と話し始める。
「仕方ねえじゃねーか。お前は仕事変えたばっかで今こっちに来る余裕ねーだろ。そうしたらこの俺が行くしかねーよ。その……文章だけじゃなくてちゃんと話したい事だってあるだろ」
「いや、電話は毎日してるだろ」
「そういう問題ではなーーーーーい!!!!!」
男は立ち上がり叫んだ。

「いいか?人間ってのはな、顔と顔を合わせて対話するっつーのが一番分かり合えんだよ。物理的距離は心の距離!!覚えとけ!!!」

俺は珈琲の入ったマグカップを男と自分の前に置いた。
なるほど、確かに言わんとしている事は正しい。対話において、言葉よりも意味を持つのは目線や表情だ。
そういったものを互いに観察し、相手の真意を理解し合う事こそ互いの存在そのものへの理解を深める。

―――本当にいつも柄にもなく物事の本質を良く捉えている男だ。

俺は珈琲を口に含む。そうして、マグカップ越しに男の姿を改めて観察した。

この男はとても真摯だ。優しく、全てを包みこみ、常に真っ直ぐで人を疑う事をしない。
だが、決して盲目的という訳でもなく、世の中の事象を正しく捉えており、それに対する己の意見もしっかり持っている。
それに何より―――

男は再度座り、珈琲を飲みながらも片手でパタパタと顔を仰いでいる。未だ暑いのだろう。何せ、この距離を走ってきたのだから―――

「―――であるならば」
俺は暫く考えた後ゆっくりと口を開いた。


「この家に住めば良いじゃないか」


男の口から含んだ珈琲が飛び出すのを、俺は静かに見ていた。

12/2/2024, 1:45:59 AM