リネンのパジャマの上に綿のカーディガンを羽織る。
虫喰いで穴の空いたほつれたカーディガンを。
涼しい風が、風鈴を鳴らしながら窓から入ってくる。
日の出ない夜は、だいぶ冷えるようになった。
熱帯夜に活躍した薄手の半パンも、長い袖の上着やくるぶしまである長ズボンの染みついた防虫剤の香りの中に、すっかり埋もれてしまっている。
網戸から外を見た。
まだ夕方というべき時間なのに、日はすっかり落ちかかって、外は夕日色に焼けている。
「もうそろそろ衣替えの季節だね。こっちは明日から更衣期間に入るよ」
昨日、届いたメールにはそう書いてあった。
夏が長引いた最近の四季の中では、非正規の仕事をそこそこやって家事に家の環境作りに勤しんでいるこっちより、職業柄、仕事で気を抜くわけにはいかず、家では非番の日に帰って寝るだけのあちらの方が、衣替えには敏感だ。
制服というのは、偉大だ。
見た目も何割増しにカッコよく見えるし、衣替えというイベントをちらつかせて季節の変化も教えてくれる。
まめな暮らしは、どうやら、暇があれば出来るものでもないらしい。
今日日、普段から好き勝手服を選んでいる社会人の方が、衣替えには疎いだろう。
自分の洗濯物の山を見て、つくづくそう思う。
目の前の衣類の山は、見事に夏物から秋物への地層を構成している。
表面に厚ぼったい秋物が固まっていて、内側へ下へグラデーションのように夏を思わせる薄い布が、埋もれている。
まあ最近、季節の変わり目も曖昧だもん。そんな気まぐれな季節に付き合ってらんないよ。
そんな言い訳を口の中で呟きながら、靴下を引っ張り出す。
そろそろ日も沈むし、冷え対策をしておかなくては。
ごうっ…と強い秋風が吹いた。
思わずカーディガンの前を合わせる。
風鈴が荒ぶって、短冊がひっくり返る。
書き上がったメールの返信を読み返す。
いつも送られてきたメールの返事は、来たメールよりずっと長くなってしまう。
「次会えるのいつになりそう?衣替え、手伝いに来てよ!」
メールの最後に書いてしまったその一文を取り消しながら、今も仕事をしているはずの、送信先のあなたを思う。
あなたにとっては、この仕事が天職であり、生き甲斐でもある。
そういうあなただったから、出会うことができて、ここまで関係が続いているのだから。
だから、いつまで?とかそんな事は聞かない。
自分でそう決めたはずなのに、気を抜くとそういうことを書いてしまう自分がいる。
これは肌寒い季節感のせいだろうか。
人肌恋しいような、切ない寒さを醸し出す、季節の変わり目の、秋の空気のせいだろうか。
だとしたら、衣替えは大切だ、と思う。
人肌恋しい寒さを感じないために、厚い服を着るようにしなくては、なんで思う。
この自分の弱音も寒さのせいなら、あったかい格好をしてれば、強い自分でいられるはずだ。
だから制服には、夏服と冬服があって、更衣期間が定められているんだろうか。
…今年は横着せずに衣替えをした方がいいかもしれない。
夕方の地方ニュースではちょうど、衣替えの時のクリーニングについての特集をしている。
「衣替えって面倒ですよね。しかし…」
にこやかな微笑みを湛えて、専門家(衣替えの専門家ってなんなんだろ。資格とかあるんだろうか)が衣替えのメリットと蘊蓄をつらつら語っている。
……やめだ、めんどくさい。
立ち上がって、窓から離れる。
衣替えって、細かくてめんどくさい。
人のためにやるならまだしも、自分の服にそんな時間をかけるのは…ほんとにめんどくさい。やめだやめだ。
いっそ、こっちの分まで丁寧に、向こうで衣替えしてもらおう。
「こっちの分まで、存分に衣替えしといてください!寂しさを感じなくなるまで!」
消した弱音を、勢いで打ち込めたおどけたそんな言葉で塗りつぶす。
冷静になったら、弱音がはみ出してきそうだったので、読み返さずにそのまま送信ボタンを押す。
画面を見ずに電源を切って、スマホを放り出す。
やめだやめ。
大の字で仰向けに天井を見上げる。
照明をつけていないリビングは、もう薄暗くなってきている。
寝返りを打つ。
窓の外は、夜の闇に呑まれつつある。
ああ、秋が来たのだなあ。
秋物と夏物が混じった山を見上げて、秋を感じた。
秋の肌寒い、切ない風が、洗濯物の山の頂点を撫でて、通り過ぎていった。
10/22/2024, 2:23:18 PM