猫宮さと

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《懐かしく思うこと》

遠い昔、神秘の森の泉に宿った何者かの意識。

初めは、全てに絶望していた。自らの力が遠く及ばなかったことに。
幾多の生命を救わんと抗い刃を振るったが、全く敵わなかったことに。
闇に堕ちその身を粉々にされ、大事な人達と引き離されてしまったことに。

しかし絶望に苛まれながらも森の泉に縛られていると、彼の人の元には光があると気が付いた。
滾々と湧き出る水。森を翔ける風。高く空へと枝を伸ばす木々。土を覆い岩の間を縫いながらも青々と茂る草。
そして、そこに息付く虫。鳥。獣。か弱くとも懸命に生きるもの達。
そこには間違いなく、生命という小さな光が星雲の如く煌めいていた。

彼の人がそれに気が付いた時、喪われかけた大事なものの一部を取り戻した。

彼の人は、生命の光を見つめる。
闇に染まった我が身だが、大事なものを取り戻したことで昔を懐かしく思うことができるようになった。

あの日あの時、守ろうとした生命達。
今は離れているが、いつも隣りにいた大事な人達の笑顔。
暖かで朗らかだった、かつての我が身。

過ぎ去った千代を取り戻すことは、もはや叶わぬ。
気を抜けば、また全てが闇に飲まれる。
しかし、この取り戻せたほんの一握りの光でもって此度こそ守ろう。

この森の泉に眠りつつ、彼の人は然るべき時を待ち焦がれた。

粉々にされた我が身の欠片に、その心の光を乗せて。
遥かなる世界の魂に、その願いを託して。

未来の全ての生命達に、祝福のあらんことを。

10/30/2024, 3:03:58 PM