一介の人間

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落下

とある三兄弟のお話

長男より。

 まず一つ、本来ならすべき心配や声掛けより先に、その様に対する感情が湧いてしまったのは、致し方のない事だと思うのだ。顔立ちは完成されていて、不機嫌そうに顰められた眉でさえも整っていて、そこに眼鏡で隠されているだけの厳しい目尻も。溢れた涙は、そこから落下してしまい、畳に染みて消えてしまうのが勿体ないとも思ってしまう。
 己にとって弟達は唯一無二の存在である。何よりも寵愛し、守り、愛しむべき存在である。そんな弟の一人、目の前に立ち、涙を流しながらこちらを見つめてくる男に、己はどうすべきであろうか。何故泣いてるのかはわからない。己は自分の感情で泣いた事がないので止め方がわからない。
 手を差し伸べてみる。握ってくれた。自分のものよりも高い位置にある頬へ向けて手を持ち上げてみる。触れさせてくれた。目を伏せ、頬に触れたままの己の手に自分の手を添えながら、弟は何も言わずに俯く。己は、動けないまま、ただただ畳に落下していく涙を目で追う事しか、今は何も出来なかった。

6/18/2024, 2:22:55 PM