葉月

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「この道の先に」

 東山魁夷に『道』という作品がある。本当に呆れるほど、すっきりとした、ただの道で、道の先がぷっつりと切れてなくなっているので、少し傾斜のある上り坂であることがわかる。正直言って、小学生でも描けるかもしれない。ただ、何故か引き込まれてしまう。この道の先にあるもの、その先に現れるであろう風景を心の中に思い描いてしまうのだ。そうなると、この絵の前から動けなくなる。長い間、絵の前で場所を占領するわけにもいかないから、少し下がり遠くから、また眺めた。
 美術館を後にしても脳裏から消えない。美術館では、学芸員であったり専門家の説明のパネルもあるけれど、いまは皆目思い出せない。私はこの絵は俳句と似ていると思う。鑑賞者を無限の想像へと導いていく。「この道の先に」というテーマから、すぐ『道』を想起してしまうのだから、この絵の凄さを改めて思い知った感がある。
 道には終わりがあるものだ。人の命の終わりに死があるように。ただ『道』には終わりがない。人の命も終わりがあるのは肉体だけで、魂に死というものはない。こうして何か書き記すことで、私という存在は永遠になる。そして、そこに鑑賞者が現れると、その人の心の中に、また新たな道が生まれる。


7/3/2023, 12:57:47 PM