渚雅

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芯まで冷やすような風が吹きつける昼下がり君と連れ立って歩く。春立つといえど寒々しさが残るそんな季節。隣合う体温が微かな熱を伝え合う。

視線を上へとあげてゆっくりと立ち止まる。ふるり と小さな身震いをしながら君は呟いた。


「こんな時期に来るものじゃないね」

視線の先にあるのは裸の木々といくつかの遊具。なごり雪がかすかにある地面はところどころ白く色づいていた。

3月も間近に迫ってはいても桜だけが植えられた公園に春の色はまだ薄い。


「彩も賑やかさもないから侘しくなる」

枝の伸びた桜の木の幹に寄りかかるようにして囁いた。それはまるで誰にも視線を向けられないその桜の声のようにも聞こえて。


「またすぐに鮮やかな姿を見せるのでしょうけど。なんか物悲しいよね」

壊れ物を扱うかのように冬芽にそっと手を伸ばしながら,笑みを浮かべた。愛し子を見つめるようにも 観察する学者のようにも見える入り交じった感情を写す瞳。


「人の心に残り続ける姿はほんの3週間もありはしないのに。連想されるのはその様子だけなんて」

小さな命を慈しみ憐れむように言葉を紡ぐ。哀を乗せた声色はどこまでも透明で温度がない。

真っ直ぐな視線が見ているものは桜だけではなくてきっと他の何かで。それがどうしようもなく悲しかった。


「……帰ろっか」

君がそう言って笑みを見せたのは僕がいたから。君一人なら空の色が変わるまでずっとそこに立っていたのだと思う。桜の精のように佇んで。

寄りかかった体をふわりと動かして歩を進める。視線は既に前を向いていて何かを見つめてはいなかった。


柔らかな風が春の訪れを予言する。すぐ側までやってきたそれは儚げな美しさをはらむ。

刹那に消えて思い出だけを残す薄紅。それは目の前を歩く君に似ていた。




テーマ : «小さな命»

2/25/2023, 2:06:12 AM