彼女は淡い紫色が好きだ。
10月に入り、世間はハロウィン、クリスマス、年末年始といった年功行事が大渋滞を起こしている。
俺はその中の行事のひとつ。
ハロウィンに合わせて、玄関を紫やオレンジ色にカラーチェンジをした。
推しのガーランドを厳選して間にコウモリを挟んでみたり、推しの写真が飾ってある立てをかぼちゃのデザインにしてみたり。
ハロウィンのリースにも推しのぬいぐるみをくっつけたりした。
推しから初めてプレゼントされたその辺に落ちていた石ころは、小さなオバケのクッションの上に置く。
ハロウィン用に作ったタペストリーの周りには、ハロウィンのステッカーを貼った。
玄関で推しとハロウィンのコラボレーションができあがる。
本来であれば部屋のいたるところを飾りつけするべきなのだが、推しである彼女の強い希望もあり、飾りつけた場所は玄関のみだ。
非常に狭いスペースでしか装飾の許可を得られなかったのは残念だが、その分、時間をかけてこだわることができる。
最後にお気に入りの推しのアクスタと缶バッチ、額縁に入れた推しのユニフォームを飾った。
推しをもてなす準備が完成したところで、玄関のチャイムが鳴る。
合鍵はとっくに渡しているのに、彼女はいまだに律儀に宿主である俺の在宅を確認していた。
礼儀礼節をわきまえる彼女らしい行動に少し寂しくなりつつも、玄関のドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けるなり、彼女は安堵した様子で肩を落とした。
先週、俺が体調を崩したからである。
どこか表情を強張らせたまま、彼女は俺を見上げた。
「えっと、具合……どう?」
「おかげさまで。もうすっかりよくなりましたよ」
「よかった……」
「差し入れもありがとうございました。あとで鍋とタッパーお返ししますね」
「ん」
本当であればその鍋やタッパーに作り置きを入れて返したい。
だが、彼女は3日後には海外へ行ってしまうため、飯を渡しては迷惑になるから我慢した。
その代わりに、今日、出立が近いにもかかわらず俺とこうして会う約束をしたのである。
「…………本当に、元気になったみたいだから安心した」
玄関に飾られた推しのグッズを横目にしたあと、そそくさと視線を逸らされた。
推しの姿は最高だが、やはり実物と並べると比べ物にはならない。
キラキラとまばゆい光に当てられて、舌が回った。
「推しにハロウィン仕様を見ていただけるなんて光栄です♡」
「絶好調じゃん」
「ただの風邪って言ったじゃないですか」
彼女との立ち話も最高だが、せっかく家まで招かれてくれたのだ。
食事をしながらゆったりと過ごしたい。
彼女を部屋にあがるように促して、俺は食事の準備をした。
*
昼食をすませたあと、彼女はクッションを抱えてソファに座る。
ビーズクッションを指で突いては感触を楽しんでいる彼女の隣に、俺も腰をかけた。
「み゛ゃっ」
瞬間、彼女の体が大げさに跳ねる。
「……」
「……」
ちょっとした、出来心だった。
耳元からゆっくりと体のラインを撫でる。
彼女は俺の指に息を詰まらせながら、無防備にキツく目を閉じて、肌を揺らした。
「……なんですか、その反応」
「い、や。なにって言われても困る」
彼女自身も意図していなかったのか、気恥ずかしそうに頬を染める。
「俺の温もり、思い出してくれたんですか?」
「別に、忘れたつもりはない」
力まかせに視界を閉ざしていたせいか、彼女の目元が少し潤んでいた。
普段は涼しげに澄んでいる瑠璃色の瞳が、熱に浮かされ揺蕩い始める。
「抑えられなくなるので、これ以上かわいい反応するのは禁止です」
「なにそれ。そんなの知らないっ」
そんな誘い込むような瞳で見つめられて、 ヒュッと、邪な感情が喉の奥から迫り上がった。
「てゆーか、抑えちゃうの?」
……………………は?
それはつまり、デザートとして彼女をいただいてもいいと?
いや、いいわけあるかっ!
都合よく回り始める思考に慌ててストップをかけた。
体調を崩したのは先週のこと。
快調したとはいえ、さすがに過度なスキンシップは控えるべきだ。
「……万が一があるでしょう」
「れーじくんのクセに殊勝な心がけだ」
苦渋の思いで俺の意思を伝えれば、彼女は目を丸くして感心した。
俺をなんだと思ってる。
「じゃあ、私も我慢するね」
んんんんんっ!?
寂しそうに動かした唇の上に細い指を乗せる。
緩慢なその仕草に思わず叫んだ。
「やっぱりチュウだけはお願いしますっ!!」
「えっ」
久しぶりに唇を重ねたら当然、俺のほうが我慢どころではなくなってしまった。
いとも簡単に昂った熱で、小さく震える彼女の意思をなし崩す。
俺の温もりを思い出してもらうために、ゆっくりとその滑らかな肌に触れていった。
『おもてなし』
10/29/2025, 9:40:26 AM