お題『太陽の下で』
――あの子が龍賀家待望のお嬢様ね。私初めて見ましたのよ。
小さいのになんて…凛としたお顔立ちなこと。奥様に似て目がしっかり前を見据えておる。
しかりてどことなく愛嬌もある。さぞ美しい娘に成長なさるのでしょう。
だが……あの娘が男だったらなあ。聡明な当主様の元で安泰じゃったのになあ。
ならばせめて、世継ぎを残して貰わねば。
ええ。龍賀の名を世に至らしめる色濃い血を残すのです。
君がもとで、龍賀に永久の誉れを――。
母の口癖は昔からちっとも変わらない。
村の衆のねばついた視線も、尾鰭が大量にぶら下がって広まった噂話も、本質的には同じものだ。
でも幼かった頃の私は、それがどういう意味を持つのか、その先にどんな出来事が待ち受けているのか知る由もなかった。
理解したのは、骨の中から疼く痛みとともに、背がだんだん伸びだした頃だろうか。……知らないままでいたかったけれど。
――娘、今日もあの爺の慰みにされていたのかい?
可哀想に。血が出ている。こないだやられた傷もまだ癒えていないのに。
キミの意志なんて関係ないもんなあ。アイツ、濡れていようがそうでなかろうがお構いなしだもんなあ。
酷い爺だ。それを君に強要するこの家も、それを望むこの村も全部酷い。
こんな村で惨たらしく生きていかねばならないキミは本当に可哀想だ。
可哀想な娘。でも僕らだけは絶対にキミの味方だからね。
村中から呪われるなら村中を呪ってもいいんだよ? キミはそれだけのことをされてきたのだから。
それがキミがここで生きていく、唯一の手段なのだから――。
違う! と私は咄嗟に叫んだ。
骨の痛みを感じなくなった頃、背後から聴こえる囁き声に気づいた。
甘い慰めだった。誰にも知られてはいけない、誰とも共有出来ない深い傷を唯一分かち合える者だった。
けれども、慰めて、ともに悲しんで、それだけ。何も変わらない。
低い雲が垂れ込む忌まわしい村から出られないことには何ら変わりないのだ。
私だって、太陽の下で過ごしたい。
『友』といえる者と談笑しながらプリン・ア・ラ・モードを口の中いっぱい頬張りたい。
ハイヒールを履きカツカツと踵を鳴らしながらレンガ張りの歩道を闊歩したい。
いずれ出会う『彼』と劇的な恋に落ち、結ばれ、彼とだけの子を成したい。
女性としての当然の願いを抱いて、何が悪いのか。
……けれどもこの村も、龍賀の名前も、我が身を守る呪いでさえも、それを許さない。
だから。
誰か早くこの曇天に、風穴を開けてくれませんか。
太陽の下にすべてを晒してくれませんか。
お願いだから、助けてくれませんか。
11/25/2023, 1:55:55 PM