詩歌 凪

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 星空の下で

 その時は私は血みどろだった。暗闇の中、大きな木の下で束の間の休息を取ろうとしていた。
 遠くには、夜でも警戒を怠らない私の国の大規模な本陣。何十年も前に始まった隣国との戦争は年が経つに連れて激化し、そして膠着していった。もう国は戦のことを忘れてしまっているようだった。“いつものこと”になった戦いに、戦う理由すら忘れていった。
 その日の“いつものこと”じゃないことは、たった一つだけだった。
 秘密の場所だと思っていた木の下に、一人の男の子が座っていた。一目で敵方だと知れる出で立ちをしていたので、私は気がつかれる前に立ち去ろうと踵を返したが、その時。
「今日は、月が綺麗だな。お前もそう思うだろ?」
 声を掛けられた。声変わりしたばかりの、少年のようだった。……仕方ない。
「あなた、戦だっていうのに空なんて見上げるのね」
「戦だからこそさ。美しいものの一つくらいないと、やっていけない」
 じゃあ、私がどんどんおかしくなっていくのは空を見てないからだろうか。試しに上を見上げると、月が見えるどころか曇り空だった。
「何も見えないじゃん。ばっかみたい」
「そんなことない。よく見てみろ。ほら、あそこ……あっちにも」
 この人、戦争で頭がおかしくなっているのだろうか。やっぱり、空を見るなんて意味ない。
 けれど、もう一度上を向いたのは、目を凝らしたのは、やっぱり私もおかしくなっていたからなのかもしれない。
「……あ」
「な?見えるだろ?」
 空には煌々と輝く明るい満月と、空いっぱいの満天の星空。
「すごい。綺麗」
 彼はいつもこんな景色を見ているのだろうか。彼を見ると、こちらを向いてにやっと得意げに笑っていた。
 何かが変わる音がした。
「一緒に逃げよう」
 どちらが先に言ったのか分からない。私達は笑ってどちらからともなく互いの手を取った。
 もう法螺貝と銅鑼の音に怯えながら生きなくてもいい。3日ぶりに食べたご飯を吐くことも無い。
 降るような星の下、私は未来を見ていた。

4/5/2024, 4:11:39 PM