sairo

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「またね!」

どこからか聞こえた声に少女は立ち止まる。

「ねぇ、何か言った?」
「別に何も言ってないけど。気のせいじゃない?」

問いかけられた少女の友人は、眉を潜めながら知らない、と首を振る。友人の反応に、そんなはずはない、と少女は辺りを見渡して。
そこで先ほどまで振っていた雨が、いつの間にか止んでいる事に気づいた。

「あ。雨上がってるよ」
「ああ、本当だ」
「このまま晴れてくれないかな。最近雨ばっかりで、気分が滅入るよ」

はぁ、と重苦しい溜息を吐いて、差していた傘を閉じる。少女に倣い友人も傘を閉じると、厚い雲に覆われた空を見上げた。

「天気予報では、晴れだったんだけどね」
「天気予報なんて当たるわけないじゃん。見るだけ時間の無駄!」
「まあ、最近はそうだね。雨が上がる事はあっても、晴れる事はずっとないし」

二人揃って嘆息する。
ここ数週間、いくら天気予報が晴れると言っても、晴れ間など少しも見える事はなかった。雨が止んでも、しばらくすればまた雨は降り始める。
じめじめとした湿気も、手放せない傘も。おしゃれに気を遣い色々と持ち物の多い女子高生達には大変に不評であった。

「いい加減に晴れてほしいよね。これじゃあどこにも行けないし。湿気で髪が広がるし…ほんと、最悪」
「こればっかりは仕方ないよ。諦めて、気分転換にカフェにでも行く?バイト代入ったばっかだから、奢るよ?」
「いいの?ありがと、大好きっ!」
「はいはい、私も大好きですよ」

じゃれ合い、笑い合いながら、二人は行き先を自宅ではなく街中へと変更する。
クラスメイトや部活動のメンバーの秘密や恋バナなど、取り留めのない話をしながら。
呆れたように笑う友人の目が、睨むように自身が持つ傘を一瞥していた事に、少女は気づく事はなかった。





「またね!」

無邪気な声に、足を止める。
溜息を一つ。恨めしい気持ちを込めて、手にしていた傘を見上げた。

「いい加減、それ止めてくれない?」

答えはない。それが不快だと言わんばかりに眉が寄る。
無言で傘を閉じ、無造作に放り投げる。放物線を描いて地面に倒れると思われた傘は、しかし地面につく直前に柄の部分で器用にバランスを取って倒れる事はなかった。

「ちょっと!あぶないじゃないか」
「またねって言うの、止めてほしいんだけど」

文句を言う傘を気にもかけず、眉間に皺を刻んで睨み付ける。

「なんでさ。べつにいいじゃん。ちょっとくらい」
「そのちょっとで、雨がずっとスタンバってるんですけどね。そのせいで髪はまとまらないし、遊びにも行けなくてこっちはすごく困ってんの」

溜息を吐きながら傘に愚痴る。納得がいかないように揺れる傘をしばらく無言で見つめ。

「――じゃあ、いいや」

また一つ溜息を吐き。傘の横を通り過ぎた。

「え?ちょっ、ちょっと!?なんでおいてくのさ!」
「新しい傘を買うから。軽くて、おしゃれで、我が儘を言わない。素直ないい子をお迎えする事にする」
「そんなっ!」

跳びは成るようにして、慌てて傘がこちらに寄ってくる。追いつけない程度に足を速めると、すぐに嗚咽混じりの泣き声が聞こえて、立ち止まった。

「や、やだっ。いいこ、するから!ねぇ、おいてかないで」

振り返る。雨の滴とはまた違う、水滴を地面に落としながらえぐえぐと泣く傘を見て、何とも言えない気持ちで痛み出したこめかみを押さえた。

「――反省した?」
「した!したからっ」

必死な傘の声に、仕方がないと歩み寄り、傘を持つ。
力なく揺れながら、すてない?と何度も繰り返す傘に、これ以上責め立てる気も起きず、捨てないよ、と適当に言葉を返した。

「ほんとうに?ほんとうにすてない?かわいいこと、うわきしない?」
「浮気って…しないしない。傘は一本だけで十分です」

それでも不安そうに繰り返す傘に、小さく息を吐く。
生まれた時からの付き合いであるこの傘は、今日も元気に情緒不安定らしい。

「まったく…大体なんで雨にまたね、なんて言うのかね。また会いたいんだって思われて、すぐに雨が降ってくる事くらい分かるだろうに」
「だってね。いっしょにがっこう、いきたかったんだもん。あめふらないと、ぜったいおいていかれちゃうし」
「そりゃあ、余計な荷物は少ない方がいいし」
「にもつあつかいしないで!」

不機嫌だと言わんばかりに怒られる。泣いたり、怒ったりと、本当に忙しくて手の掛かる傘である。

「一緒に行きたいだなんてさ。もしかしてご自分が晴れ雨兼用だって、お忘れでない?」
「………あ」

傘の動きが止まる。どうやらすっかり忘れていたようだ。

「去年はあれだけ、もう嫌だ、お家にいたいって言ってたのに…まあ、それだけ元気なら、今年の夏も頑張ってもらいましょうかね」
「や、やだっ!あんなにあついのはやだもんっ」
「わがままめ」

苦笑しながらも、傘の文句を聞き流す。
不意に見上げた空に、僅かばかりの青空が見えて、目を細めた。
またね、と再会を期待されて側にいた雨は、どうやらいなくなったらしい。

「ちょっと!ちゃんとおはなし、きいてる!?」
「聞いてる聞いてる。今年もお互い頑張ろうって事だね」
「ちがうっ!」

叫ぶ傘を適当に宥めつつ、家路を急ぐ。
明日はきっと、どこまでも広がる青空が見られる事だろう。



20250331 『またね!』

3/31/2025, 2:12:18 PM