僕はその人を本当に諦めるべきなのか、どのくらい考えたのだろう。とても長かったはずだけど、仕事の合間、生活の合間に考えただけのような気もする。
いわく年齢、いわく良識、いわく年収、いわく生活スタイル。理由はいくらでも考えついた。どれも諦めがたかったけど、捨て去ることで楽になることもたくさん見つかった。
思えば、最初に感じていた火のような熱は本当に最初だけだったかもしれない。いや、それでもその人との時間は僕の胸から他の何をも追いやり続けたし、その人に触れるときはいつだって胸が苦しいほどだった。虚ろであり充足していた。愛着があり、疎ましかった。その矛盾がおそらく僕をその人に結びつけていたのだろう。
だけど、僕はこの関係を精算することに決めた。いつまでもこんなでは、お互いのためにならない。あの人だっていつまでも若いわけじゃない。いつまでも自由でいていいわけじゃない。...とてつもなく癪な尺度だな。
いつもなら勝手に鍵を開けて入るのだけど、今日はチャイムを鳴らす。もう、明日からはただの知人なのだから、このくらいできなくてどうする。あの人は不思議そうに扉を開け、僕を中に導く。どうしたのか、鍵をなくしたのかと困惑しながら。僕は鞄の中のこの部屋の鍵を握りしめる。来るのなら言ってほしいとあの人は冷蔵庫から僕の好きなチューハイを取りながら言う。言ってくれれば何か用意したのに、と。
そんなことを言われたら、切り出しにくくなるじゃないか。やっぱり僕はこの人から離れたくない。ずっとここにいたいと思ってしまう。いいじゃないか。まだ切り出していないのだし、考えなかったことにしようと、僕の中の僕が告げる。だって僕はまだこの人を好きじゃないかと。嘘をつくなよと。
「ああ」
僕は缶を傾けて息をつく。胸が苦しい。
「駄目だ。俺は――」
やっぱり君には絶対に勝てない。嘘つきの誹りを受けてでも、ここにいたい。
僕はまた耐えきれなくなって、泣きながらこの人にすがった。
8/20/2023, 12:32:29 PM