【ところにより雨】
窓の外から響く雨音に身をゆだねがら、文庫本の頁をめくる。ゆっくりと過ぎていく時間が心地良い。
スマホのバイブレーションに、ふと顔を上げた。表示されている名に、考えるよりも先に指が動く。
「もしもし?」
「あ、悪い。今、大丈夫だった? たいした用事じゃないんだけど」
「良いよ、どうかした?」
相手が君じゃなければ、読書の邪魔をされた苛立ちを覚えたのだろうけれど。君の声は好きだから、特別に許してあげよう。
「桜がすごく綺麗でさ。見てたら話したくなって」
朗らかな口調で君は言う。それに首を傾げた。
「雨なのに桜を見ているの?」
「え、雨? 普通に晴れてるけど」
おや、今日は大学でサークル活動があるのだと言っていたから、そこまで距離が離れてはいないはずなのに。
「そっか、そっちは雨なのか。ちょっと待って」
カシャリと電話口から聞こえたシャッター音。そうしてすぐに、一枚の写真がメッセージアプリを介して送られてきた。
鮮やかな青空の下に、満開の桜が咲き誇っている。少しだけブレてしまっているのは、ご愛嬌というやつだろう。
「桜のお裾分け。じゃあまた!」
慌ただしく通話は切れていた。まったく、時間がないのなら無理に電話なんてかけてこなければ良いのに。
窓の外ではまだ、ざあざあと雨が降りしきっている。スマホに表示した桜の写真を眺めながらそっと、小さな笑みをこぼした。
3/24/2023, 11:25:52 AM