汀月透子

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〈秋恋 ─Autumn Longing─〉

 窓の向こうで、ケヤキ並木が少しずつ色づきはじめていた。
 夏の終わりをまだ引きずりながらも、街の空気にはかすかな冷たさが混じっている。
 アイスラテより、そろそろホットが恋しくなる頃。私たちは四人で、いつものカフェに集まっていた。

「なんか、秋になるとさ、妙に人恋しくならない?」
 最初にそう言ったのは遥香(はるか)。
 柔らかな声と、揺れるピアス。いつも恋の話をしているのに、どこか寂しげに笑っていた。

「わかる。
 夜風が冷たくなると、帰り道で“隣に誰かいたらな”って思うんだよね」
 南月(なつき)がストローをくるくると回しながらつぶやく。
 普段は明るくて、どんな場でも笑いを取る彼女が、今日は少し静かだった。

「でもさ、それって“季節限定の寂しさ”じゃない?」
 晶穂(あきほ)がゆっくりとカップを両手で包む。
 理性的で、いつも落ち着いている彼女の言葉には、少しだけ温度があった。

「そうかも。
 その一瞬の寂しさが、恋の入口になることもあるよね」
 芙優(ふゆ)が微笑む。
 まるで物語の中の一節みたいな言葉を、彼女はいつも自然に口にする。

「夏の恋は燃えるけど、秋の恋は沁みる感じがするなあ」
 遥香が言うと、南月が「名言っぽい」と笑った。
 でもその笑いは、どこか柔らかくて、胸の奥に静かに残った。

「……この前ね、前に付き合ってた人から久しぶりにメールがきたの」
 南月が、少し目線を落として言った。
「“元気?”って、それだけ。
 もう平気なはずだったのに、返信するまでに二時間もかかった」

「返したの?」
 芙優がそっと尋ねる。

「うん、“元気だよ”ってだけ。
 でも、送ったあと泣いちゃった。ちょっとだけ」

 フフ、と南月が笑う。泣いたことさえも、笑って話せるのが彼女らしい。

「秋って、過去がふっと近くに寄ってくる季節だね」
 晶穂の言葉に、みんなが静かに頷いた。
 いつも現実的で恋愛より仕事という彼女は、時折詩人のようなフレーズを口に出す。

 窓の外では、風に乗って一枚の葉がふわりと舞い上がり、落ちていった。

「私ね」
 遥香が小さな声で言った。
「最近、やたらと気になる人がいるの。
 でも上司だし、私のことを部下としか見てないんだろうけど」

「それでもいいじゃない?」
 芙優がやさしく笑った。
「恋って、叶うかどうかより、誰かを想うことで自分が少し優しくなれる気がする」

 ふっと、それぞれが物思いにふけるように押し黙る。
 芙優の言葉は、甘くて、少し苦いココアみたいに胸に残った。

 外に出ると、空気はもうすっかり秋の匂いがした。
 四人で駅まで歩く道。街灯の光がオレンジ色に滲み、足音が柔らかく重なる。

「晶穂も芙優もこのところどうなのよ、浮ついた話は私と遥香だけ?」
 南月は元のテンションに戻って言う。

「夏が異常に暑すぎたから今は心を休める時よ、秋なんだから」
「そう、もっと寒くなったらね」
 晶穂と芙優が顔を見合わせ笑う。遥香がやれやれと息をつく。
「あっという間に冬になるわよ」
「あ、私温泉行きたい!冬の東北いいよ!」
「じゃあまた集まる?」──

──語る話は尽きないが、秋の夜は更けていく。

 恋をしてもしなくても、人は誰かを想う。季節が巡るように、心も静かに波立つ。
 熱狂的な暑さから解放され、小さな心のささやきに気づく時。それが秋という季節なのかもしれない。

10/9/2025, 3:35:20 PM