ストック

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Theme:時計の針

静かな部屋に響くのは、カチカチという時計の秒針の音と、カリカリとペン先が紙の上を滑る音だけだ。
「……」
ふと顔を上げると、窓の外はすっかり日が落ちていた。昼食摂らないまま夕食の時間になってしまったようだ。昼食どころか朝から何も食べていないのに、空腹感はまったくなかった。
それならそれで都合がいい。食事を摂っている時間も惜しい。
時計の針に急き立てられるように、僕は再び紙にペンを走らせていく。

「……!」
不意にずきりと痛んだ胸に手を当てて顔をしかめる。心臓の鼓動に合わせて痛みが増すようだ。胸に爪を立て、歯を食いしばって痛みを堪える。
こんなの、いつものことじゃないか。痛みにかまけている場合じゃない。
僕に残された時間は、あと僅かなのだから。
痛みに耐えながら、ペンを動かし続けた。
「……よし、これでいい」
書き上げた書類を、今度は丁寧に折り畳んでいく。皺ができないようにそっと四つに畳んだそれを封筒に入れて封をし、宛名を書く。
自分がこの世から消えた後に彼女に届けばいい。ペンを握る手に迷いはなかった。

これで準備は整った。あとはただ『その時』が来るのを待つだけだ。
カチカチと規則正しく時を刻む針の音に耳を傾けながら、僕はペンを置いて、ただ静かにその時が来るのを待ち続けた。
さすがに集中しすぎたためだろうか。体の力が抜けて強い眠気に襲われる。僕はそのまま机に突っ伏した。
「……」
だんだんと意識が遠のいていく。心地良い感覚に身を任せているとふと気がついた。
今が『その時』なんだって。
「……さよならも言わずにって怒られちゃうかな」
そんな呟きを残して、僕の意識は闇に堕ちていった。

2/6/2024, 10:44:07 AM