せつか

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「勿忘草の騎士って結構すごいよね」
「花を取ろうとして川に落ちて、ってやつ?」
「うん。自分はもう死ぬけどこの花だけは貴女に贈る。だから〝私を忘れないでくれ〟って、ロマンチックな話だけど、同時にすごく怖いなって」
「どこらへんが怖い?」
「だって、死んじゃうんだよ? 死んで、もう二度と会えないのにこれから何十年も生き続ける恋人に忘れないで、って·····それだけ想ってるって事だけど、すごく独善的にも見える」
「あー·····、なるほど」
「私だったら黒いチューリップを贈るかな」
「そのココロは?」
「〝私を忘れて〟」
「忘れていいのか?」
「もし私が先に死ぬようなことがあったら、私を忘れて幸せになって欲しいなって思うから」
「·····俺はどっちも嫌だよ」
「え?」
「忘れて幸せになることも、忘れないで不幸になることもどっちもソイツの人生だろ。どっちにしろ良かったか悪かったかは最期にソイツが決めることだ」
「·····そっか」
「忘れて幸せになることだって傍から見たら薄情だって思われてるかも知れないし、忘れないで不幸になってるように見えたって、ソイツはずっと恋人の面影を感じてて実は幸せかも知れないだろ?」
「·····そっか」
「だから忘れるとか忘れないとか、ほんとは些細なことなんだよ」
「·····」
「何度忘れたってまた知り合えばいいんだよ。そんで忘れないでいたら覚えてたものを残しておけばいいんだ」
「·····そうだね。私、やっぱり貴方とこうしてうだうだ喋ってるの、好きだな」
「·····まぁ、退屈はしないな」

――この話をしたのはこれで三回目。
貴方は何度この話をしても同じ答えを返してくれる。
忘れちゃって、ちょっと怒ったように同じ答えをして、今が幸せであることを教えてくれる。
忘れないでいるものは、実はあまり無い。
覚えているのは私の名前と二人が一緒に暮らしていることだけ。時に恋人だったり、時にきょうだいだったり、時に親友だったり。

――あぁ、違った。たった一つ、二人が忘れないでいることがある。

お互いが大切な、大切な存在だってこと。
それだけ忘れなければ、それでいいよね。


END


勿忘草(わすれなぐさ)

2/3/2024, 12:32:04 AM