案山子のあぶく

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◎モンシロチョウ
#77

もうすぐ春になると爺やが言ったのは三日月の夜。
悲しそうに、哀しそうに、子守唄を歌ってくれました。
節くれだち、乾いた肌は温かく、眠気を誘います。
微睡みの中で一言二言、言葉を交わしました。
何気ない話でした。
木蓮を見に行きたいと言う私にゆるりと頷き、涙をはらはらと流すのです。
かつては鬼武者と恐れられ、いつも眉の間に皺を寄せていた爺やが泣くのです。
歳をとると涙脆くなっていけないと、爺やは月を見上げてしまいました。
それが、爺やとの最後の会話でした。

私は白装束を纏い、春の良き日に旅立つこととなったのです。

長物を携えた御仁の瞳に曇りはなく、これは幸せなことだと思いました。
前に進み出ますと、御仁はひとつ確かに頷きました。

整えられた場に座りますと着物の裾に土が着いてしまいましたが、気にはしません。
父上も母上も爺やも辿った道と思えば誉れのようにも感じれたのです。
武士の娘として、覚悟はできています。
いざや、潔く、華々しく散りましょう。

それでもひとつ。心残りがあるとすれば。
それは春の世。
木々の腕から零れ落ちていく春に出会えないこと。

家の名は罪に濡れて重く、未来は閉じていたけれど、私の心は晴れている。
輪廻の先で、この春の空を舞う名も無き蝶になれたならと耽るほどには、軽やかなのだ。

赤い花の上に広がる羽は、春の気配に色付いていた。

5/11/2026, 4:05:12 AM