秋埜

Open App

 閃く星が白い頬を赤く染めた。
「私と踊って下さる?」
 美しい人、と付け加えて彼女は僕に手を伸べた。断られるとは微塵も思っていない顔だった。にこりと微笑んで小首を傾げれば、緩く波うつ黒髪が頬の横で揺れる。若く、愛くるしく、スタイルもいい。そんな少女の誘いを誰が断るものかと自信に満ちて。
 断ったのだ。かつての僕は。
「それだけのために?」
「それだけのためよ」
 こともなげに彼女は答えた。窓の外で、また星が赤く閃いた。
 若く愛らしい女など愚かなものだと誰もが思っていた。思いこみを逆手にとれる程度には、彼女は賢かった。世界の手を取りひらひらと踊り続けて、とうとうここまでやって来た。
「それだけのことを許さない世界が悪いの。邪な世界は不幸になるべきでしょう」
「不幸かどうかも、もう分からないだろうね」
 星が閃く。星が。すべての生命を死滅させた毒の星が。
 僕は独りこの場所にいて、星が降るのをただ眺めていた。落ちた星が毒を流し、命が絶えていくのを、ただ見ていた。
 最初の星が降った時、僕はふと青いドレスの少女のことを思ったのだった。我ながら悪くない勘だ。
「本当は、あなたにうんと酷いことをしてやろうと思っていたのよ。そのためにいっぱい、色んなことを調べて」
 束の間、大きなあどけない目に淫らな色が浮かんだ。そんな視線なら散々向けられてきたから、今更何とも思わない。
「でも、もうどうでも良くなっちゃった。ねえ」
 私と踊って下さる、美しい人。彼女は歌うように繰り返す。
「喜んで」
儀礼的に答えて、僕は伸べられた手を取る。愛らしい顔に笑顔が満ち溢れる。
 閃く星が白い頬を赤く染めた。

6/7/2023, 12:21:03 PM