かたいなか

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「紅茶だってよ」
アレだろ、日本の水とイギリスの水では硬度が違うから云々ってやつだろ?
某所在住物書きはネットにネタを求めながら、紅茶でも緑茶でもなく、単純に炭酸飲料を嗜んでいた。
コーラである。なお、紅茶のコーラ割りなるものが存在するらしい。
紅茶は知らぬ。芋焼酎のコーラ割りは美味であった。

「いつだったかな。国産茶葉の紅茶のペットボトル、某緑のコンビニで見つけてさ。アレは美味かった。
……香りはどうだったかな……」
記憶を掘り起こそうと、存在したかしないか思い出せぬ香りを追って、深く短く息を吸う。
無論、部屋の香りがするばかりである。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室。
デフォルトで設置されていた家具や家電以外、すべてが処理処分されたリビングは、ただダダっ広く、音が少ない。
部屋の主を藤森という。
元々の予定では、今頃既に部屋を解約し、管理人に引き渡して、10月末か11月初週まで、ホテル泊まりの予定であった。
東京から離れ、故郷の雪降る田舎に帰る算段であったのだ。

何故予定通りになっていないのか。
職場の後輩に計画がバレて、「行かないで」と懇願されたためである。
何故この妙ちくりんなシチュエーションが発生しているのか。
アプリの2個前、3個前のお題において、「この言葉で何書けってよ」の物書きが、苦し紛れかつ立て続けに、トンデモストーリーを投稿したためである。
過去作参照だがスワイプが非常にわずらわしい。
細かいことを気にしてはいけない。

「ホントに東京離れるつもりだったんだ……」
金曜の夜である。
食費節約のため、そしてなにより己の先輩の作る低糖質低塩分ディナーの御相伴にあずかるため、
藤森に東京脱出の中止を求めた例の後輩が、アパートを訪れたはいいものの、
退去のため、鍋等々、売っ払って処分した後である。そもそも調理ができない。

「すごい。珍しい。先輩が、出前頼んでる」
開いた口が塞がらぬ後輩。ほぼほぼ何も無くなった室内を見回し、ただ、驚くばかりである。

「お前が私に、『行くな』と言ったからだろう。本当なら今頃、適当にホテルを探して、そこから職場に通って、メシはバイキングだのルームサービスだのを食っていた筈なのに。それをお前があの日、」
「その袋詰めの2個入りアップルデニッシュ、デザート?私も食べて良い?」
「話を聞け」

タパパトポポトポポ。
仕方無しに急きょプチプライスショップで購入したティーポットから、同じく急きょ購入した紅茶の濃い赤琥珀色が、以下同文、カップに落ちる。
ふわり香り立つのはベルガモットのシトラス。
「先輩が紅茶淹れるのも珍しい」
後輩はカップを受け取り、鼻に近づけて、湯気をいっぱいに吸い込んだ。
スッキリする香りだ。こってりめの肉料理に合わせれば、きっと口の中をそのシトラスで、リセットしてくれることだろう。
たとえば自分と先輩の目の前にある、ちょっとお上品そうな鶏の照り焼き定食のような。

「ミルクが必要なら、一応冷蔵庫に少しある」
ため息吐いて、香りを吸って、ほんの少し口に含み即座に眉をしかめた後、藤森が言った。
「砂糖までは気が回らなかった。欲しければ、すまないが自分でなんとかしてくれ」

「和食に紅茶って、おもしろい」
竹製の割り箸を持ち、手を合わせ、いただきます。
後輩は真っ先に、出前の照り焼き定食の、付属たる味噌汁で口を湿らせた。

「当店、苦情は一切受け付けておりません」
そもそも物が無い状況だ。茶はそれで我慢してくれ。
藤森はぽつり呟き、少し舌が痛いらしく、再度ため息を吐いて紅茶のカップをテーブルに置いた。

10/27/2023, 2:57:49 PM