白。赤。青。
色とりどりの電球が、サンタやトナカイ、雪だるまにクリスマスツリーを形作っている。
きらきら、ちかちか。
楽しそうに点滅を繰り返し、道行く人々の目を楽しませていた。
街から少し外れた公園。
街の中心部のそれと比べれば規模は小さいが、可愛らしいキャラクターのイルミネーションを、ぼんやりとただ見つめていた。
夜も更け、道行く人も途絶えた今の公園は、とても静かだ。
車の音も、風の音も。イルミネーションの点滅する音も、呼吸する音すら聞こえない。
とても静かな夜。世界に自分一人しかいなくなったような錯覚に、目を閉じる。
目を閉じても、やはり何も聞こえない。
その静寂を敢えて乱すように音を立て、鞄の中からスケッチブックと鉛筆を取りだした。
目を開ける。視線の先のイルミネーションを見据えて。
今なら、描ける。
景色を、切り取る事が出来る。
沸き上がる確信に、スケッチブックを開いて線を走らせた。
周囲の暗さは気にならない。灯りなど必要ない。
目の前の景色さえあればいい。
目の前の色鮮やかな光景を、白と黒の世界に閉じ込めていく。
何かに憑かれたかのように、ただ。
時を忘れ、無心で描いていた。
「これで、完成」
ようやく、終わる。閉じ込める事が出来る。
口元に笑みが浮かぶ。
最後の線を、殊更丁寧に描いて。
その瞬間、目の前のイルミネーションの灯りが音もなく、消えた。
「え?何?」
突然の事に不安がこみ上げ、辺りを見回す。
少し離れた所にある電灯は皆消えていない事から、イルミネーションの灯りだけが消えてしまったのだろう。
偶然だ。夜も遅いのだから、時間設定で消えてしまったのだとしても可笑しくはない。
だから不安に思う事など一つもないはずなのに。一度芽生えてしまった不安は、直ぐに消えてしまう事はなかった。
何か縋るものが欲しくて、手にしたままのスケッチブックに目を落とす。
鉛筆だけで描かれた、白と黒のイルミネーション。
そのはずであった。
「ひっ」
色が、ついていた。
さっきまでのイルミネーションそのままに。色鮮やかに灯りが点いている。写真と変わらぬほど、本物と見紛うほどの写実さで、スケッチブック内を明るく彩っていた。
不意にその色が消え、また浮かび上がる。
ちかちか、と。
灯りが瞬くその様は、まるで。
描いた景色を、スケッチブックに閉じ込めてしまったような。
「いやっ!」
怖ろしさに、スケッチブックを投げ捨てた。
一体これは何なのだろう。
どうして目の前のイルミネーションの灯りが消えて、スケッチブックの中のそれに色が灯っているのか。
分からない。分かりたくない。
立ち上がる。スケッチブックから視線を外さすに、一歩下がり。
もう一歩、後ろに下がろうとして。
誰かに、腕を、掴まれた。
「何してんの?こんな所で」
はっとして、顔を上げる。
訝しげに眉を寄せた彼が、どうしたの、と顔を覗き込む。
夕暮れ時。
公園のベンチに座っていた。
何も答えない自分の様子に彼はさらに眉を寄せる。体調でも悪いのだと思われたのか、額に手を当てられた。
彼の冷えた指に、恐怖に強張っていた体の力が抜け、冷静な思考が戻ってくる。
あれは、夢だった。本物ではなかった。
そうだ。この公園には、いつもの夕陽を描こうとして訪れたのではなかったか。
「熱はないみたいだけど」
「大丈夫。もう大丈夫」
自分に言い聞かせるようにして、大丈夫を繰り返す。
軽く俯いて、彼の手から逃げ出した。
「そう?無理はしないでよ。いつも、」
心配そうな彼の言葉が、何故か途切れた。
些細な事さえ不安になり、顔を上げる。
彼の視線の先。少し離れた道端に、スケッチブックが落ちていた。
ぎくり、と体が強張る。けれど彼はそんな自分に気づかず、スケッチブックの元へと向かい。
静かにスケッチブックを拾い上げ土埃を払い、ぱらぱらとページをめくりだした。
「すごいな。本物みたいだ」
本物。その言葉に忘れかけていた恐怖を思い出す。
かたかた震える手を抑えるように、胸元で強く握り締めた。
大丈夫。あれは夢だ。現実にあんな怖ろしい事が起こるはずがない。
呪文のように言い聞かせる。何度も心の中で繰り返す。
それでも一向に消えない不安や恐怖に、泣いて逃げ出してしまいたかった。
「ほら。大事なものなんだから、もっと丁寧に扱いなよ」
いつの間にか戻って来ていた彼に、スケッチブックを差し出される。
受け取りたくないと心は拒絶するも、震える手はおとなしくスケッチブックを受け取った。
ぱらり、とスケッチブックを捲る。
見たくはないはずなのに、確認せずにはいられなかった。
一枚、また一枚と、確認していく。
彼と、彼と見た景色と、夕陽。
変化はない。白黒の世界にそれ以外の色が浮かんではいない。
少しの安堵と、スケッチブックを捲る度に募る不安。
また一枚、捲り。
その先の何も描かれていない白に、詰めていた息を吐いた。
「どうしたの?今日は何だか変だよ」
「何でもないの。ちょっと怖い夢を見ただけ」
あの夜のイルミネーションは何処にもなかった。
やはり夢だったのだと、心配する彼に笑ってみせる。
「ちょっとじゃなさそうだね」
「そうかもね。夢か現実か分からなくて、怖くて不安だった」
「手が震えてる…帰ろうか。送るよ」
未だに震えの止まらない手を包まれ、少しだけ肩が跳ねる。
それでも今だけは、その手を振り払いたくはなかった。
促されてスケッチブックを鞄にしまう。彼と手を繋いで立ち上がり、歩き出した。
「それにしても、夢を見て怖がるなんて、可愛い所もあるんだね」
「言わないでよ。本当に怖かったんだから」
これ以上不安にさせないための彼の軽口に、敢えて拗ねてみせながら答える。
彼の優しさが、ただ嬉しい。
手を繋いだまま公園を出る時、ふと視線を向けたそれに足が止まる。
灯りのついていない、イルミネーション。
夜の公園で、スケッチブックの中に閉じ込めたもの。
「あぁ。まだ夜じゃないから灯りがついていないんだよ」
「そう、なの?」
「そうだよ。だからそんなに怖がるなって」
彼に手を引かれ、歩き出す。
少しだけ早足で、イルミネーションから離される。
「大丈夫だよ。心配なら、俺の事描いてみる?」
戯けて笑う彼に、首を振って彼の隣に寄り添って歩く。
手を繋ぎながら帰る、夕暮れ時。
彼の言葉の真意を考えないように、繋ぐ手に少しだけ力を込めた。
20241215 『イルミネーション』
12/15/2024, 10:27:24 PM