田中ボルケーノ

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あまりにも馴染めないでいた

なんとなく軋轢が生まれる予感がして

間を取り持つ事にした

これもバイトリーダーの役割か


飲食店の店員というのは阿吽の呼吸である

ツーと言われればカーと返して
その店員同士の巧みなラリーが
商品の提供を早め、あるいはサービスの質を向上させる

結果的にその見えない部分で客を喜ばせているし、
店員同士でもその連携が上手いヤツほど地位が高まる

店員同士でコミュニケーションを取りながら
シフトに入ってきた相手の性質を知るのがまず第一歩で
場をほぐしながら、ゆくゆくはシフトに入って喜ばれる存在になる事が最終目標だと思っている


その精神を店長から認められ私もバイトリーダーの地位まで登り詰めた
気づいたら最上位、私より長い学生連中はとうに抜き去っていた


新人の田辺は学生だが
ラリーが苦手の様だった

覚えは悪くはないが
呼吸が読めない

例えば
ドリンクのヘルプに行って欲しい場面で
今やらなくても良い明日の仕込みを進めている、とか

業務を逸脱しているわけじゃあないし
ズレの範疇ではあるのだけど、古株連中からは、
いや、教えなくてもわかるやろ、空気読めよ、的な批判がチラホラ上がってきていた

こうなると田辺のシフト中はどうしても殺伐とした雰囲気になってしまう


この問題、バイトリーダーとしてはなんとかしなくては


田辺は口下手である

そこが根本の原因と考えた私は
他のメンバーがいる中であえて田辺の素性がわかる、わかりやすい質問を投げかけた

純朴に応える田辺の返事を
他のメンバーに聞こえる様に大きめの声で

へえ、三年なんだ、そろそろ就活か、とか
駅前に住んでるんだ、あの駅前のTSUTAYA行くの?とか、拡声する

だが効果は無かった
本人が悪いわけじゃないけど
あんまり面白いネタもでないし
気の利いた返事もなかった
やはり溶け込めない

孤立は益々深まっていく


そんな日々が続いたある日


田辺、もしさ、生まれ変わったら何になりたい?

忙しい時間だったけど、何の気なしに聞いてみた
いつものどうでもいい、大した答えも期待していない、
チャーハンを炒めながら暇つぶしで尋ねた様な質問だった


え?生まれ変わったら、ですか?

洗い物をしている田辺の表情は思いのほか神妙に変わり、力の籠もった声で



と答えた


鳥になって飛びたいです

できれば

空の限りを越えるほど

遠くまで羽ばたいて

誰も辿り着けないところまで

高く飛んでみたいです



思わぬ答えに鍋を振る手が止まっていた

チャーハンが鍋の熱に耐えきれず、油を溶かしながらくすぶって

黒く苦い煙が眼前を覆っていく


             
             『高く高く』

10/14/2024, 3:10:13 PM