初めて覚えた気持ちの名前も分からぬまま、彼女に別れを告げられた日のことは、記憶が朧げになりつつあった。そのことが僕に街を徘徊させる原因になっていた。忘れたくないことほど忘れてしまう。ただはっきりと覚えているのは彼女のもみあげから見えた新しくて小さなほくろだけだった。木とすれ違いざまに何かの花と土の混ざった香りがした。でも僕には何の花の香りなのか、聞ける相手はもう居なかった。遠くから、かすかに、アパートの扉が開いて閉まる音が聞こえた。
10/19/2024, 1:17:05 PM