『海の底』
頭上に広がる青は、空の青ではない。
ここでは何もかもが青に染まっている。舗装された道路も、高くそびえ立つビルも、電気で動く車も、鏡に映った自分の顔さえも。
だが、実際にそれらが青色をしているわけではない。
深い海の底にたった1つ届く青色の光が、この街を青色に染め上げているのだ。
ぼくは海の底にあるこの街で生まれた。海から出たことは一度もない。だから本当は本物の空の色を知らない。
ただ昔、人間が地上で生活していたことは知ってるし、その時の映像も見たことがある。
桃色の花を咲かせる桜、燃え盛る炎、黄色に茶色の網目が映えるキリン。ぼくの知らないたくさんの色がそこにはあった。
なぜ地上で暮らせないのかと大人に聞いたことがある。
だけど誰も答えてはくれなかった。ただ大人たちは真っ青な顔で互いに視線を送りあった。この街のすべてが元々真っ青だというのにこんな言い方をするのはおかしな話なんだけど、やっぱりあの顔は真っ青って言うのが正しいと思う。
このことを同い年で親友のたっちゃんに話してみたけど、たっちゃんは「ふ〜ん」と言っただけで、あんまり深く考えてないみたいだった。
だからといってはなんだけど、ぼくは自分で調べてみることにした。1度でいいから青以外の色を見てみたかったんだ。
ぼくはこの街で一番重要な施設(父さんがそう言ってた)にこっそり忍び込んだ。前にたっちゃんが空気口を使って忍び込むのについて行ったから簡単だった。まぁ、途中で頭を5回くらいぶつけたけど。
でもぼくは後悔した。秘密なんて知るもんじゃなかったって。
大人が何も答えなかった理由。いや、答えられなかった理由。
すべては大人のせいだ。こんな海の底深くで暮らさなければならなかったのは大人が原因だったんだ。
正しくは、今の大人がまだ子どもたった頃の大人がしたことらしい。
争いが絶えなかったその頃の地上で、その大人たちは間違った答えを選んで世界を壊してしまった。
壊したものは元には戻らない。それをぼくは知ってる。
だけどぼくはあきらめないって決めた。
だって青しかない世界なんてつまらないじゃないか。
いつかぼくらも大人になる。
でも大人みたいな大人にはならない。
ぼくはこの手で、色に溢れた世界を取り戻す。
1/21/2024, 8:59:00 AM