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「十年前の自分に手紙を書きませんか?」

白黒の渦を巻くようなデザインに文字が踊っている。何とも見辛いのに、つい何と書いてあるのだろう?と文を追いたくなってしまう不思議なデザインのポスターだ。

そんな不思議なポスターを見つけたのは、駅の限定ショップだった。
普段は、物産展や、キャラクターのポップアップショップ、ジューススタンド等、その時その時で色いろな顔を見せるイベントスペースのような空間なのだが、今回は今までと毛色が違う。
白黒で統一された空間には、先ほどのポスターが飾られ、白黒デザインのレターセットが並んでいる。

見事なモノクロの世界に惹かれて店内を覗いてみることにした。

市松模様、ストライプ、ボーダー、アーガイル、波、様々なデザインのレターセットが並んでいるが全て白黒だ。
ここまで統一されていると気持ちが良い。つい折角だから何か買っていこうという気持ちになった。

目に付いたストライプのレターセットを一つ取る。
セットの中身はストライプ柄の封筒一枚、白と黒の用紙が一枚ずつ、ストライプ柄の切手が一枚。値段は960円。レターセットとしては色々少ないのに準備だけは良く、そのくせ割高という不思議な内容だ。

いつもであれば割高なものは買わない主義だが、何故か購入したいという気持ちのほうが勝りレジへと向かった。

レジには店員が一人しか居ない。黒髪の短髪男性だ。年は若いのか、若くないのかよくわからない。というのも、口元まで襟が覆っている為、イマイチ年齢が掴めないのだ。ブカっとした大きな襟の服の色は黒。このお店の制服なのか、店員の私服なのかは不明だ。目はカラコンだろうか、虹彩が白黒に渦を巻いている。
店員まで白黒に拘るなんて、コンセプトがブレないデザイナーさんのお店なんだなぁと何処かズレた事を思っていると店員が話しかけてきた。

「…ここの商品、使うの…ハジメテ?」
ボソリと呟く声は小さいが、なかなかの美声の持ち主だ。
私がハイと短く返事を返すと店員は、ボソリボソリと商品の注意点を教えてくれた。


机の上に件のレターセットを用意する。

店員曰く、このレターセット一式を使用すると十年前の自分に手紙が届くという。
十年前というと2014年だ。
その頃の自分に手紙を書くというのも何だか不思議な気持ちがする。しかし、ものは試しだ。
届いても届かなくても、その時楽しければ良い。
享楽的な面が気持ちを楽にしてくれたのか、迷うことなく筆をすすめあっという間に書ききった。
手紙を軽く読み直す。問題はなさそうだ。セットにあった切手を貼り、次の日駅近くのポストへと投函した。


郵便受けに手紙が入っている。
白黒ストライプの手紙だ。
友人からの手紙かと思い裏返すと、自分の名前が自分の字で書かれていた。

「なんだコレ」
頭に疑問符をいっぱい浮かべながら部屋へと持ち帰る。
自分宛に手紙を書くなんてことは一度だけ学校の行事だったかで経験はあるが、それはもう随分前に届いている。では、コレは何だろう。自分宛てであるし、開けても問題はないだろう。
オープナーでストライプ柄の封筒を切った。
封筒の中身は白と黒の紙が入っている。
恐る恐る手紙を開くと、そこには見慣れた自分の字が事の経緯を語っていた。

「2014年の私へ

この書き出し文であなたは、なんとなく察するでしょうが、私は2024年のあなたです。

不思議なお店で買ったこのレターセットにより、
この手紙は十年の月日を遡りあなたの元に届きました。
店員さん曰くあなたがこれから体験する直近の事を書くと手紙は届かなくなるようです。
そのため、あなたがこれからどんな事を体験していくかは書くことが出来ません。
ならば、何故今あなたに手紙を書いているかというと、あなたに伝えたい事があるからです。
耳が痛いかもしれませんが、最後まで読んでください。

好奇心や自分のやってみたい事、会ってみたい人がいたなら、やりなさい。会いに行きなさい。
自分の気持ちに蓋をする必要は一切ありません。
誰にもあなたの素直な気持ちを、願いを止める権利はありません。
自分の心に素直になってください。
人のことを考え、様々なことを気にしているあなたは、優しいですが、その優しさを自分自身にも分けてあげてください。
あなたは、過去の自分をよく罰していますが、もう十分学んだし、理解したはずです。それ以上は心を苦しめるだけで成長も出来ません。出来なかった過去を恨んでも意味はありません。勝ち組負け組という言葉に囚われるのも、もうやめましょう。
私は今、あなたから見て負け組ですが、十二分に幸せです。個人の幸せは、勝ち組負け組といった概念など関係ありません。
どうか、自分の本当の気持ちに素直になって。あなたの周囲に渦巻く沢山の概念から、あなたに合うものを選んでください。
選ぶ権利はあなたにもあります。

大丈夫、自分の心に聞けば答えはわかるから。

この手紙は一度読まれると消失するようです。
だから、忘れないで。

自分の心に素直になるんだよ。

2024年の私より」

十年後の私から届いた手紙に心がぐるぐると渦を巻いている。欲しくて欲しくない言葉が頭の中で回っている。もう一度読めば、冷静に理解できるはず。
そう思った矢先、手の中にあった手紙が透け始めた。慌てふためくも手紙が消えていくことを止めることは出来ない。
手の中にあった手紙は初めから存在しなかったかのように、姿を消した。

私は呆然と何もなくなった手の平を見つめ、ぐるぐる渦巻く感情に一人涙をこぼした。

2/15/2024, 2:45:30 PM