三輪哲夫

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 彼女は小柄だったけれど手だけはぼくと同じぐらいに大きくぼくよりあたたかかった。
 今年の誕生日にぼくはプレゼントとケーキを用意してこっそりワンルームの家にしのびこみ、予定があって外出中の彼女の帰宅をまった。数時間ほどベッドの下にひそみ、午後十一時二十七分に玄関の方から物音がした。それから誰か男の声もいっしょにしていた。それは妄想癖のぼくが水をやり最悪の末路に恐縮するには充分な種で、みるみるぼくの顔は血を何リットルも抜かれたみたいに恐ろしいほど青ざめていった。ぼくは我を忘れてベッドの下を飛び出し帰宅直後の彼女を見た。隣にはぼくより背の高くひょろひょろとしたコート姿の男がいた。前髪がまるで自分と外界をシャット・アウトする役割でもあるかのように彼の目元をかくしていた。ぼくは思わず傍にあった椅子を二人に投げつけ、悲鳴をあげて倒れ込む二人の顔面を何度も蹴りつけ椅子を叩きつけた。二人のおなじ生き物とは思えない顔は個性のあるつぶれ方をしてもはや醜かった。
 ぼくは彼女のキッチンからにんじんの皮を剥くときにつかうピーラーを取り出してするすると彼女の手の皮を剥いでいき、そうしてそれを一晩か二晩かけて縫い合わせて手袋をつくった。しかしその血まみれできたない手袋はぼくが手を入れようとしただけで付け根から裂け、ざらざらとしたものがぼくのきいろい肌を傷つけた。脱いだときぼくの手はぼろぼろだった。
 そしてなにより、それは手ぶくろとしての機能はまったく期待できないほどひどくつめたかった。

12/28/2024, 7:51:32 AM