“窓から見える景色”
火曜日の午前10時。いつも通り空いている窓際の席に荷物を置いていつも通りの注文をしにレジへ向かう。いつの間にか顔を覚えられていた、母親くらいの歳の店員さんにおはようと声をかけられた。はちみつ入りのカフェラテのホット、Lサイズ。余ったら持って帰れる様にテイクアウト用の紙のカップに入れてもらう。
少し前までは毎回聞かれていたけれど、最近はもう何も言わずに紙のカップに入った状態で渡されるから少しだけ気恥ずかしい。ありがとうございます、と軽く頭を下げて受け取ったカップはスリーブ越しでもほんのりと温かい。
ごゆっくりどうぞ、というお決まりの言葉を背中に聞きながら窓際の特等席に戻る。窓際の席より、レジに近い席の方がコンセントがあって都合が良いのだろう、いつも窓際の席は空いている。窓の外では、今から仕事なのだろうスーツを着た大人たちがせかせかと歩いている。大人って大変だな、あと数年もしたら俺もあの中に仲間入りするのかあ、嫌だなあ。一生モラトリアムを謳歌していたいな、なんて考えながらカフェラテを啜る。
そろそろアイツが通り過ぎる頃だろうか。英単語帳を鞄から取りだすついでに時間を確認するとちょうど良い時間になっていた。毎日なのか、たまたま火曜日だけなのか必ずこの時間にこの前を通り過ぎて行く男を認識したのはこのカフェに通い始めて結構すぐのことだったと思う。この時間帯に私服で通る男なんていくらでもいるのに、なんでかあの男のことだけは忘れられないのだ。
今日も彼はモデルかと思うほど姿勢良く、肩で風を切る様に歩いて行く。白いセーターにグレーのチノパンが蛍光灯の光を浴びて輝いている様だった。当然こちらには目もくれず歩いて行く背中を目で追いながら、思わず漏れそうになった言葉を少しぬるくなったカフェラテで流し込んだ。
一生モラトリアムを謳歌していたい。窓から見える景色を眺めながら、俺はやっぱりそんなことを考えていた。
9/25/2024, 11:28:13 AM