Apollo

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 くりんとした目で私を見上げた「きぃたん」は、クリームパンみたいな手を差し出して、
「ちゅないで」
と舌っ足らずに言った。
 きゃあー
 悲鳴が上がる。きぃたんはいつでも私たちのアイドルだ。これがあの建太の弟なんだから、もうそれだけで倍以上可愛い。
「きぃたん、邪魔しちゃダメだよ。」
 ニコニコしながらきぃたんの横にしゃがんだ建太は、背だけはデカくなったけどキュートさは変わらない。よいしょ、ときぃたんを抱き上げて頬擦りするところなんか、アイドル雑誌に載ってもおかしくないくらいに愛らしい。
「やらーー!ちゅなぐぅぅー!」
 建太の腕の中から抜け出そうとするきぃたんと、落とさないように大事に抱える建太。2人とも完全に保護案件だ。できれば飼いたい。私の部屋で。
「きぃたん、にぃにぃが繋いであげる。」
「やらぁー!おねーたん、おねーたん!」
 意地になって手を伸ばすきぃたんを、建太はとびきり甘い顔で見つめた。手を伸ばす先の私にも、そのおこぼれが届く。
「ごめん、遠藤。いい?」
「ん、いいよ!」
 断る理由なんかあるわけない。こっちから頼みたいくらいだ。
「きぃたん、おねーちゃんとお手々繋ごう!」
「やたぁーー!!」
 大喜びのきぃたんを、建太はそっと下におろした。再び差し出されるクリームパン。私は楽器のケースをさっさと仲間に押し付けて、その柔らかい手のひらを優しく握った。
 触れるだけで溢れる幸せ。あぁ、小さい子ってほんとに神。
「にぃにも!にぃにも!」
 私に右のクリームパンを握らせたきぃたんは、空いている左のクリームパンを建太に差し出した。
 え。
「にぃにぃは、後でね。」
 さすがに建太は目の前で手を振ったけれど、幸い、きぃたんはそんなことで引き下がるような聞き分けの良さを持ち合わせていない。
「やらぁーー!!にぃにも!にぃにもー!!」
 建太のママは先生に用事があると言ってきぃたんを置いていったから、もはや甲高い声で地団駄を踏むきぃたんを止めることはできない。困った顔の建太に、私はむしろ得意気に、
「いいよ。ほら、手を繋いで、建太。」
と許可……いや、命令を出した。途端にポッと赤らむ建太の頬。背ばかり大きくなったけど、私から見たら建太はきぃたんと変わらないくらいに愛らしい存在のままだ。
「んぅ、じゃあ、……ごめんね遠藤……。」
 きぃたんを間に挟み、手を繋いで歩く私達。
 きゃあーーー
 さっきより大きな悲鳴が上がる。ごめん、みんな。そしてありがとう、きぃたん。
「きぃたん、もういい?」
 しきりと確認する建太。
「まだぁーー!」
 いいぞ、きぃたん。
「遠藤、ほんとごめん……」
 耳まで赤くなってきぃたんに振り回される建太を、私は至近距離で見つめた。長い睫毛。大きな目。すべすべの肌。赤くて艷やかな唇。そこらのアイドルより断然可愛い。
「いいよ。私は、全然。きぃたん、ほらお花があるよぉ!」
 わざと遠くの花を指さすと、きぃたんは嬉しそうに速度を上げた。転ばないように、つまずかないように、私と建太は優しくきぃたんに連れられていく。
「きぃたん、楽しい?」
「たのしー!おねーたん、ちゅき!にぃに、ちゅきーー!!」
 私の問いかけにキャアキャアと喜びまくるきぃたん。ちょっとしたイタズラ心に誘われて、私は、
「おねーちゃんも楽しい!おねーちゃんも、にぃにぃ好きー!」
とテンション高く言ってみた。
「!えええ遠藤!きぃたんが変なこと覚えるからダメ!」
 わかりやすく狼狽える建太。全く可愛い。後でもっと可愛く拗ねる建太も、きっと可愛いはず。なかなか機嫌を直してくれないかもしれないけど、でも、まあ、いっか。あとしばらくは、このまま、きぃたんと手を繋いでいこう。ちらりと見た建太は相変わらず真っ赤だったけど、嬉しそうなきぃたんを見つめる眼差しは柔らかかった。早春の陽を受けながら、イタズラ心は温かいさざ波に変わっていく。小さな足音に導かれ、私達はどんどんと歩いていった。

《手を繋いで》

3/20/2025, 11:51:25 AM