師匠曰く、「見たくもないものを見た」らしい。
「古今東西、魔法使いなんてものは陰気で厭らしい奴らなんだ。なのにどいつもこいつも楽を取って空を飛びたがる」
はあ、と気の抜けた返事をしたら、師匠はギロリと鋭い眼光で睨みつけてきて、舌打ちを一つ落とした。途端に俺の箒がぐわんぐわんと揺れるものだから、(なるほど、陰気で厭らしい!)と柄にしがみつく。
師匠の立派な馬車と比べると、俺の箒は実に貧相。掃除用具に紛れて置いていても違和感はないだろう。しかし箒の彼とは相棒と呼べるほど共にいるので、俺以外に操作されて酷く不機嫌なのが伝わってくる。
俺としては師匠に怒ってほしいのだけど、箒一本で挑んでも、馬車の御者が鞭を一振り、それでおしまいだ。宥めるように何度か撫でて、ようやく元の位置、師匠を隠すカーテンの横に戻ることができた。重たいカーテンが少し揺れると、さらに師匠の重たい瞳が見える。相変わらず弟子に厳しい人だった。
馬車には派手な装飾があるが、全体が黒、装飾も輝きを塗りつぶした黒なので、遠目に見れば何とも判別がつかないだろう。師匠の趣味に合わせて俺のローブも黒い。頭上は分厚い雲が覆っているし、陰気を象徴するように静々と空を飛び行く。
けれど。馬車とは反対側、遠くの空を見遣った。曇天から降り注ぐような日差しが、みっつよっつと差し込んでいて、眼下、街にぽっかり明るい穴を穿つ。人間の中ではあれが宗教的意味を持つことも納得できる美しさがあった。明かりを通さない静謐へ、剣が刺す。動乱が始まる予感がする。
見れば見るほど肌が粟立つけど興奮も治まりはしない。俺はあちらも飛んでみたかった。箒の彼だって自由に遊べたら楽しいだろう。前方不注意、蛇行運転になってしまっても、馬車にさえ当たらなければ楽しめてしまう俺たちだった。
師匠はぽつりとこぼす。
「……僕にだってそういう時があったさ。日差しの元に何があるか、知らないうちは楽しめるんだ」
7/3/2024, 3:13:30 AM