sairo

Open App

雨上がりの空に浮かぶ七色を、目を細めて見上げた。
欠けた部分のない、はっきりと見える虹は珍しい。そういえば、と幼い頃に聞いたおとぎ話を思い出して、虹の根元を目指し歩き出す。
元より当てのない旅だ。それに虹は弟の憧れでもあったから、ちょうどいい。

「それじゃあ、宝探しといきますか」

笑って、胸に下げた七色に輝く石に触れる。それに応えるかのように石は煌めくと、背中に仄かな温もりと重さを感じた。

「にじのおたからは、何だろうね。にいちゃんは何がいい?」
「何だろうなあ。お宝だから宝石とか、珍しい金貨とかかな」

背中に抱きつく半透明の弟を見ながら、一般的な価値のあるものを述べていく。くすくす笑う弟が、ちがうでしょ、と囁いた。

「にいちゃんがほしいのは、大学のタンイでしょ。あと、あたらしいイガクの本!」
「……よく知ってんね。そのとおり」

得意げに胸を張る弟に、苦笑する。前にぼやいた呟きを、しっかりと聞いて覚えていたようだ。姿が見えずとも色々と聞かれていた事に、何ともいえない気持ちで虹に視線を向ける。
これからは姿は見えなくとも、発言には気をつけよう。密かに心に誓って、僅かに足を速めた。

「そういうおまえは何だと思う?虹の根元に埋まっているお宝は何がいい?」
「ぼくはね。にいちゃんがほしいものがうまっていたらいいと思うよ」
「欲がないなあ。本当に何かないのかよ」
「だって、今とっても幸せだもん。こうしてお外に出れるのも、にいちゃんとたびが出来るのも、本当にゆめみたいで、とってもとっても幸せ」
「――俺も幸せだよ。おまえが最期に石を託してくれたから、こうして夢を見ていられるんだ」

くふくふ笑う声を聞きながら、石を握る。
弟の願い事を思い返して、幸せだ、と自身に言い聞かせるように繰り返した。



数年前、弟は死んだ。
元々体が弱かった弟は、それでも医者に宣告された三年の余命宣告を超えて、七つを迎えるまで生き抜いた。
最期の日。窓の外の抜けるような青空を見ながら、穏やかに眠るように、弟は自身の時を止めた。ちっぽけな石とたった一つの願い事を託して、逝ってしまった。

――にいちゃん。ぼくのはんぶんを、この石にのこしていくから。だから、おねがい。ぼくをお外につれていってね。

その石は、自分が持ち込んだ外の一つだった。
外に憧れながら、一度も自らの意思で外へはいけなかった弟。窓から見える景色と、自分が語る話だけが外を知る手段だった弟のため、皆には内緒で何度も外にあるものを持ち込んだ。

春には、色とりどりに咲き誇る花を。
夏には、空へ飛び立つ蝉がおいていった抜け殻を。
秋には、風に乗って舞い踊っていた美しく色づいた葉を。
冬には、透き通る氷と、大地を白く染めていた雪を。

何度も見つかり、その度に怒られはしたが外の一部を持ち込む事を止めなかった。部屋の中に囚われて長くを生かされるよりも、短くも自由に生を駆け抜けていく方が余程大事だと思っていた。
自己満足でしかないその選択を、けれど今も後悔はしていない。弟の願いが、微笑むような最期の表情が、自分がした選択の答えだった。


「にいちゃん。何かんがえてるの?」
「ん。おまえの事。今、どうしてるのかなって」

背中から離れ、今度は腕に抱きつきながら浮かぶ弟を見ながら、微笑む。
あの日託された何の変哲もない石は、弟の葬儀が終わった後に七色の煌めきを宿すようになった。そしてその石から半透明の弟が現れるようになり。
それから機会がある毎に、こうして当てもない旅をしている。

「まだね、ねむっているよ。だからね、ゆめの中でいっしょに見てるんだよ」

石から現れた弟がいうには、弟の魂はすでに常世で眠っているのだという。今目の前にいる弟は、生前の弟の外に対する憧れと、あの最期の願いに石が応えて出来たモノらしい。
詳しくは分からない。だが弟の魂と繋がっているという目の前の弟を、疑うつもりはなかった。

「いつ目覚めて、新しく生まれてくるんだろうな」
「きっとね。にいちゃんとのたびにまんぞくしたらだと思うよ。だからまだまだ、ねむってるかな。ぼく、もっとにいちゃんとたびがしたいもん」
「そっか。じゃあ、虹の宝探しが終わったら、もっと楽しい目的地を見つけないとな」

虹の根元に向かいながらも、次を考える。
当てもない旅ではあるが、折角ならば弟に喜んでもらえる所がいい。
ふと、虹を見上げる。大分時間が経つというのに、まだ色鮮やかに残る七色に、珍しいな、と呟いた。

「あれね。たぶん、ぼくと同じようなモノだよ。雨が止んでほしい、おねがいに応えたんだ」
「そうなのか?本物の虹じゃないんじゃあ、お宝もないかな」
「あるよきっと!だって、にじだもん」

誰かの望みに応えた虹だろうと、虹は虹。だからきっと宝も埋まっていると弟は笑う。
そういうものだろうか。まあ、弟が言うのだから間違いはないのだろう。

「――少し走るか。どっちが先に虹の根元まで競争しよう」
「まけないもんね…よーい、どん!」
「おい!ずるいぞ」

腕から離れ、虹に向かい飛んでいく弟を、一呼吸遅れて追いかける。

「にいちゃん、はやく!」

楽しげに笑いながら自分を呼ぶ弟を追いかけながら、同じように笑う。

新しく生まれるために、今は眠り続けているらしい弟。
たとえ夢でしかないとしても、どうか憧れた外を精一杯に楽しんでほしい。
そしてどうか、次の生では本当の外を自由にその足で駆け抜けてほしい、と。

切に、願っている。



20250326 『七色』

3/26/2025, 2:02:37 PM