日夜子

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 日に焼けた彼女の素足が、太陽光に焼けた砂浜を沈ませる。点々と波打ち際に続いた足跡も、夕暮れと共に波にさらわれ消えていった。

 彼女は太い木の枝を持ち、砂浜に大きく文字を書く。丁寧に一文字書き、二文字三文字と書き、距離を置いてバランスを見る。真剣な表情だ。
「どうかな?」
「うーん、そこだとすぐに消えてしまうよ」
「それもそうね」
 彼女は足で文字を消して、もっと海から遠いところへ書き直した。僕の助言はその通りで、三十分もしたら彼女が最初に文字を書いた辺りは海になっていた。

「何度見ても夕陽は綺麗ね」
「君も何度見ても綺麗だよ」
「毎日言ってて飽きない?」
「飽きないね」
 僕は彼女の肩を抱き寄せて、彼女は僕の肩にもたれて沖を眺めた。

「いつになったら救助はくるのかしら」
「さあね、一分後かもしれないし、一年後かもしれない」
「書いたSOSは空から見えるかしら」
「救助ヘリからは見えなくても、宇宙人が見つけてくれるかも」
「あなたって変なことばかり言うよね」
「飽きないだろ?」
「飽きないわね」
 彼女はため息混じりに笑った。

 とりあえず笑えている。水も食料もある。身体も動く。
 今のところは大丈夫。

 僕たち二人はヨットで航海中に遭難した。

 ──と彼女は思っている。激しく世界が揺らいだあの瞬間、彼女はヨットのへりに頭をぶつけて気絶してしまったから。
 僕は世界が海に呑まれて行くのを見た。
 遠くに見えていた船が転覆し、ビルや道路が崩れ落ちた。僕たちのヨットも流され、どういう幸運か、それとも不運か、この小さな島に流れ着いた。
 その時以来、僕たち以外の人間も、船も、飛行機も何も目にしていない。きっと世界は終わってしまったのだ。僕たち二人だけを残して。

 彼女は毎日SOSを書き直す。
 それが無意味なこととも知らずに。僕たちは果物や魚で命を繋ぐ。一秒を一日を生き長らえることに意味があるのかなんて分からないけど、彼女が笑っている限りは続けてみようと思う。




 #7 2023/11/8 『意味がないこと』

11/8/2023, 11:43:49 AM