赤とんぼ

Open App

【カラフル】


下手くそな絵だった。

誰に見せても『一体何の絵なの』と尋ねられた。私はその度に優越感に浸っていた。
色とりどりのカラフルな色鉛筆で、まるで殴り書きにでもされたようなぐちゃぐちゃな絵。絵里は笑って「雪ちゃんの好きな青色、たくさん使ったんだよ。」と嬉しそうに言っていた。青色が好きだったことなんてなかった。

絵里と私は美術部だった。
絵里とは別の友達が美術部に私と入りたいと言うから入った。友達と一緒ならどこでも良かった。
でも絵を描くのはずっと難しかった。私の絵はいつも単調でのっぺりとしていて、いかにも素人の絵という感じだった。それが恥ずかしくて仕方なかった。顧問の先生に何か教えられる度に消えたくなった。

でも絵里の方がずっと絵が下手だった。
聞けば絵里は物心がついた頃から絵を描くのが大好きで、暇さえあれば絵を描いていたそうだ。その割に物心のついていない子供と同等の絵を描いていた。絵里は自分の絵を抽象画だなんだと言っていたが、どうみてもへにゃへにゃの絵が何本も引いてあるだけだった。もちろんそんな絵里の絵には賛否両論もあった。
そんな絵里を表では絵里の絵の一番の理解者のように振る舞っていたが、心の中では常に馬鹿にしていた。自分より絵が下手な子がいる、それだけで私は美術部での居場所を獲得できたような気がして、『自分より下手くそな絵を描く絵里に優しくしないと』という訳の分からない正義感から、絵里に毎日話しかけていた。
あの日の会話をはっきりと覚えている。

「絵里、それは何の絵なの?」
「これ?これはねぇ〜〜、うさぎ!雪の日のうさぎの絵だよ〜〜〜!」
絵里はいつもの舌ったらずな声で絵から目線を外さずにそう言った。
それのどこが兎なんだ。どう見ても子供の落書きだろ。いい加減に自分の絵が下手くそだと自覚しろ。
いつも心の内では絵里に対して悪態をついていた。自分の性格の悪さに吐き気がする。
私はそんな性格の悪さも感じさせない純粋な笑顔で、絵里に向かって、努めて明るく優しくそう言った。
「すごいねぇ、絵里。本当に素敵な絵を描くよね。私、絵里の描く絵すごい好き。絵里はいい画家になれるよ。」
そう、絵里は画家になりたがっていたのだ。
絵里がその夢について語る度、『寝言は寝て言え』と言いたくて堪らなかった。
今日もその下手くそな絵里の絵を見て、自己肯定感を上げて、自分の制作している絵に取り掛かる。
先生が絵里を呼び出したのはその直後だった。

呼び出された後、絵里は顔を真っ赤にして興奮しながらこちらに向かって走ってきた。見間違いでなければ、泣いていたと思う。
「入賞!入賞!雪ちゃん!!絵里、入賞したんだよ!」
その言葉を聞いた瞬間、全身の血の気がひいた。
絵里が?入賞?あの下手くそな絵里が??
認めたくない事実が頭の中で交差する。
そして私は気づいてしまった。
絵里が賞を取った以上、絵里の絵は偉い人に認められたということで、ということはこの美術部で一番絵が下手なのは私ということになる。

無性に腹が立った。
絵里が賞を取ったコンクールには私も応募したのだ。審査員は私の絵と絵里の絵を比べて、絵里の絵を選んだ。そういうことだ。
全身から沸々と怒りが湧いてきた。
私は絵里に大声で罵声を浴びせた。絵里がもう自分が絵が上手いなんて、画家になろうなんて、思わないように粉々に叩き潰した。今まで押し込めていた絵里の絵への気持ちが、全部吐き出された感じだった。

そして、私が美術部に居場所がなくなったのは言うまでもない。美術部員が広めたのか、クラスのみんなも随分とよそよそしくなった。
絵里も私と目が合う度に泣きそうな顔をして、顔を背けるようになった。その瞬間、私はどうしようもなく悲しくなった。
ずっと絵里のことが嫌いだったのに、絵里に嫌われてしまうと、ひどく悲しかった。途端に謝りたくて、土下座したくて仕方なくなった。
私は本当は絵里のことが好きだったのかもしれない。絵里の隣にいると、他の誰よりも安心したから。一人になることを嫌う私が、気負わず付き合える人だった。そんな子を裏切った罰として、今独りぼっちになっているのかもしれない。

昼休みに忍び込んだ美術室で、絵里の未完成の絵を見ながらそんなことを考えた。
私の好きな青色をたくさん使った下手くそな絵。あの日から、描き進められていない。
本当は青色なんか好きじゃなかった。ずっとピンクが好きだった。好きな色は、小学生の時に変えた。可愛い色を好きというと、『ぶりっ子』だの『似合わない』だの言われてしまうから。きっと絵里ならそんなこと気にしないんだろうな。

私は目の淵に溜まった涙をブレザーの袖で拭いた。ブレザーには部活の際について落ちなくなった青い絵の具が付いている。
私は近くに放置してあった絵里の色鉛筆の箱を開ける。
そしてピンクの色鉛筆を取り出し、描きかけの絵の隅に一本の線を引いた。

5/1/2026, 10:01:38 AM